心中 する。 「心中」に関連した英語例文の一覧と使い方

賛否両論真っ二つBL!「心中するまで、待っててね。」市梨きみ

心中 する

「心中お察しします」の読み方・意味 「心中お察しします」の読み方は「しんちゅうおさっしします」 「心中お察しします」は「 しんちゅうおさっしします」と読みます。 「心中」を「しんじゅう」と読むと意味が全く変わってしまいますので、注意してください。 「心中(しんじゅう)」は「男女が互いの愛情の変わらないことを示すため、いっしょに自殺すること」を意味します。 「心中お察しします」の意味は「あなたが心の中で思っていることは分かります」 「心中お察しします」は簡単に言うと「 あなたが心の中で思っていることは分かります」という意味になります。 「心中」は「こころのうち」「胸中」を意味しています。 「心中を明かす」「心中穏やかでない」などと使いますよね。 「察する」は「推測すること」「本当の意図を汲み取ること」を意味しています。 また、「察する」には「同情する」という意味も含まれます。 「察しがいい」「察しがつく」などと言いますよね。 「心中お察しします」は、相手に悲しい出来事が起こったときに、 ・相手の気持ちを推し量って思いやること ・悲しい気持ちやつらい気持ちに共感を表すこと を意味します。 「心中お察しします」の使い方と例文 「心中お察しします」はお葬式の場でなど、誰かに不幸があった時に使う 「心中お察します」は、誰かに不幸があったときに気遣う言葉として使います。 身近な人が亡くしてしまった際の辛い気持ちをいたわるために、「心中お察しします」を使うことができます。 例えば、葬儀で遺族が悲しみのあまり会話ができなくなった場合、言葉を待ってしまうと相手に負荷をかけてしまいます。 そんな時は何を言いたいか察していますという意味で「心中お察しします」と伝えます。 このような場面では、何て声をかけていいのか戸惑いがちですが「心中お察しします」を知っておくことで、いざというときに役立ちます。 「心中お察しします」をより丁寧な表現にするには 「心中お察し申し上げます」を使います。 例文 ・ご家族の皆様のご心中お察し申し上げます。 ・まったく予期せぬ事故で、さぞかし驚きになったこと、心中お察しいたします。 ・長年連れ添った旦那様とのお別れ、お辛いことと心中お察しします。 「心中お察しします」困難な相手の状況へ理解を示す 「心中お察しします」はお悔やみ言葉としてだけでなく、相手が困難に陥っている状況への理解を示す場合にも使うことができます。 このような場面での「心中お察しします」はクッション言葉として使います。 相手に一定の理解を示しつつ、その後にこちらの意見や要求を述べます。 ビジネスシーンにおいては、取引先への督促(約束の履行 や物事の実行をうながす)としても使うことができます。 例えば、取引先の状態は大変だとしても、自分たちの会社は守る必要があるので心苦しいながら督促をするときに「心中お察しします」を使います。 「心中お察しします」を使うことで「大変だとは思うけどする事はしっかり行うべき」と念を押すことができます。 また、何か悩み事をしている人や落ち込んでいる人に対しても「心中お察しします」を使うことができます。 落ち込んでいる人に対して何て声をかけたらいいか迷うことが多いです。 しかし戸惑うからと言ってそのままにしておくのも気が引けてしまいます。 そういった場合に「心中お察しします」を使います。 「心中お察しします」を使うことによって、相手が落ち込んでいることについての共感を示すことができ、寄り添うことができます。 例文 ・心中お察しします。 お忙しいとは存じますが、期日までの入金をよろしくお願い申し上げます。 ・心中お察しします。 貴社のご事情はおありかと思いますが、何卒納期までには納入していただきたく存じます。 ・この度は心中お察しします。 気落ちされずに、今はお身体を回復されることだけに専念してください。 ・心中お察しします。 私も同じような経験がありますので、お役に立てることがあるかもしれません。 「心中お察しします」と言われた時は謝意の言葉で返す 「心中お察しします」と言われた場合、何て返事をすれば良いのでしょうか? 「心中お察しします」と言われたら、 ・恐れ入ります ・痛み入ります ・恐縮です ・お心遣いありがとうございます ・ご丁寧にありがとうございます などと言いましょう。 感謝の気持ちを表す「恐れ入ります」や、相手の優しい気持ちに恐縮するという意味がある「痛み入ります」が適切になります。 また単に「ありがとうございます」と言うのはなるべく避け、「ご丁寧に」「お心遣い」といった言葉を付けて返事をしましょう。 言葉が出てこない場合は、 黙礼するだけでも問題ありません。 気持ちの整理がついていない中で、対応をするのは大変難しいです。 無理に言葉にしなくても、ただお辞儀をするだけで十分です。 「心中お察しします」の注意点 祝い事や嬉しいことには使わない 「心中お察しします」相手に悲しい出来事が起こったときに、相手の気持ちを推し量って思いやる言葉として用います。 そのため、祝い事や嬉しいことに対して使いません。 相手に喜ばしいことがあった場合に使うと失礼に当たってしまうため注意しましょう。 目上の人や上司に「心中お察しします」を使うのは注意が必要 「心中お察しします」という言葉自体は、「あなたの心情を理解して同情します」という意味合いなので、決して失礼な言葉ではありません。 しかし、 目上の人に対して使うには失礼に当たってしまう可能性があります。 目上の人に「心中お察しします」と言うと「私の気持ちが何でわかるんだ」と不快感を与えたり、偉そうに口出ししてきたと思われてしまうことがあります。 目上の人に対して使うときは上から目線にならないように配慮する必要があります。 日頃から仲の良い先輩や上司であれば、使っても良いでしょう。 要するに、 本当に相手の事情や気持ちを理解して「心中お察しします」を使うことが大切なのです。 「心中お察しします」のその他のお悔やみの言葉 メールや手紙では「お悔やみ申し上げます」を使うと良い 「お悔やみ申し上げます」は一般的によく使われるお悔やみの言葉として知られています。 「悔やみ」の意味は、「人の死を弔うこと」です。 「弔う」とは「人の死を悲しみ悼んで、遺族にお悔やみを言う」という意味になります。 「お悔やみ申し上げます」は、「相手の気持ちに寄り添い、慰めの気持ちを表す」という意味が含まれ、 「故人の死を残念に思い、悲しんでいる」というニュアンスになります。 「お悔やみ申し上げます」は、書き言葉としても話し言葉としても使える便利な言葉です。 お悔やみメールを送る際は「お悔やみ申し上げます」を使うのが良いです。 しかしメールではなかなか気持ちが伝わりにくいので、「突然のことで言葉が見つかりません」「本当に残念でなりません」「訃報に動揺しております」といった言葉を付け加えて伝えましょう。 また「お悔やみ申し上げます」は、「ご愁傷様」と併用してお悔やみを伝えることも可能です。 「〜ご愁傷様です。 心よりお悔やみ申し上げます」といった形で使用します。 例文 ・お力落としのことと思いますが、どうぞお気をしっかりとお持ちください。 心からお悔やみ申し上げます。 ・この度は誠に残念なことになりまして、心からお悔やみ申し上げます。 ・この度は御愁傷様です。 突然のことで驚いております。 心からお悔やみ申し上げます。 「ご冥福をお祈り申し上げます」は故人に対して使う言葉 「冥福(めいふく)」は、「死後の幸福」「人の死後の幸福を祈るために仏事を修すること」という意味です。 「ご冥福をお祈り申し上げます」は、 「故人の死後の幸福をお祈りいたします」を意味しています。 「ご冥福お祈り申し上げます」は、具体的には「冥土でさまよった後、良い場所(幸せな場所)に行けることを祈っています」という意味合いになります。 「ご冥福をお祈り申し上げます」は葬儀の場面で使う言葉になります。 「ご冥福をお祈り申し上げます」は遺族に対してではなく、故人に対して使う言葉です。 遺族に対して「ご冥福」を使う場合は、「この度は、誠ににご愁傷様でございます。 (故人の名前)様のご冥福をお祈り申し上げます」と故人に対しての言葉であることが伝わるようにしましょう。 例文 ・ご遺族の方々のお悲しみはいかばかりかとお察しいたします。 ・突然の悲報に接し、大変驚いております。 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。 ・心から哀悼の意を表しますとともに、故人のご冥福をお祈り申し上げます。 「ご愁傷様です」もお葬式でよく使われる 「ご愁傷様」は<ごしゅうしょうさま>と読みます。 「ご愁傷様」の意味は、 ・相手を気の毒に思うさま、身内を失った人に対するお悔やみの言葉 ・気の毒に思う気持ちを、軽いからかいの意を含めて言う言葉 になります。 「ご愁傷様です」は、 通夜や葬儀の場で遺族に述べるお悔やみの言葉の常套句です。 葬儀の際にどんな言葉をかけていいのか分からないとき、「ご愁傷様です」の一言でお悔やみの意を伝えることができます。 基本的に遺族に対して述べる言葉ですが、言うタイミングとしては弔問の際に一番多く使われます。 「ご愁傷様」はお悔やみ言葉として使用するのがほとんどの一方で、「ご愁傷様」は親しい間柄において相手が何か失敗をした、もしくは不運なことに見舞われたときなどに、からかう意味で使用する場合があります。 例えば「今日も残業なんてご愁傷様」なんて言った場合は、「今日も残業なんて可哀想」と意地悪く皮肉を込めた言い方になります。 実際は辞書にも載っている使い方なので、間違った用法ではありません。 しかし親しい相手であっても、使用する状況によっては深く相手を傷つける場合もあるので、時と場合に応じた使い方が大切です。 例文 ・この度はご愁傷様でございます。 あまりにも突然のことで悲しみにたえません。 ・この度はご愁傷様でございます。 大変お辛いでしょうが、お力落としされませんように。 ・ご愁傷様です。 とても残念なことで他に言葉が見つかりません。 「心中お察しします」と同様に、誰かに不幸があったときや落ちこんでいる人を気遣う表現として使用します。 「お気持ちお察します」は、目下の人だけでなく、目上の人に対しても使うことができます。 ご心労お察しします 「心労(しんろう)」は、気に病んでいる様子・精神的に苦労している様子・心配や悩みが多い状態を表しています。 「心労」は、気に病んでいる様子・精神的に苦労している様子・心配や悩みが多い状態を表しています。 「心労」は、「心配」「悩み」といった言葉よりも重い症状を表す言葉です。 「心労」を目上の人に使用する場合は、尊敬を表す接頭語「ご」をつけて「ご心労」とします。 「ご心労」は、他人の心労を推察して使用する言葉になります。 「ご心労お察しします」と言った場合は「その人の精神的な疲れを思いやること・同情すること」といった意味合いになります。 「ご心労お察しします」は、絶えることのない他人や物事の心配事を抱えて精神的に追い込まれている方に使います。 胸中お察しします 「胸中」は「胸のうち」「心に思っていること」を意味しています。 「胸中を打ち明ける」などと使いますよね。 「胸中お察しします」は、 「あなたの心にある辛い感情を理解していたわる」という意味になります。 ご心痛お察しします 「心痛」は、「心配して深く思い苦しむこと」「胸が痛くなること」を意味しています。 「心痛」は「ご心痛の深さお察しいたします」といったように、深く苦しんでいることを表します。 「心痛」に尊敬を表す接頭語「ご」を付けて「ご心痛」とすると、敬語表現になります。 「ご心痛お察しします」は、「ご家族のご心痛、いかばかりかとお察し申し上げます」といったようにお悔やみ言葉として用いることが多いです。 「心中お察しします」の類語 「心中お察します」の類語を紹介します。 気持ちを汲み取る 「汲み取る(くみとる)」は、「相手の事情や気持ちを推し量ること」を意味しています。 「気持ちを汲み取る」は相手の仕草や行動をみて感情を理解するということになります。 例えば「相手の気持ちを汲み取る余裕はない」「お気持ちを汲み取ってくれれば助かります」などと使うことができます。 「汲み取る」には「水や液体を他の容器に移す」という意味もありますが、こちらの意味では使わないので間違わないように気をつけましょう。 心情を理解する 「心情」は「心の中にある思いや感情」を意味しています。 「心情を理解する」は、相手の思っているや感情がよくわかるということになります。 例えば「被害者の心情を理解する」「彼女の心情を理解するのは非常に難しい」などと使うことができます。 気持ちを慮る 「慮る(おもんぱかる)」は、「あれこれ思い巡らす」「考慮すること」を意味しています。 また「慮る」は「考えること」だけでなく、「想像すること」という意味も含まれます。 「気持ちを慮る」は、相手の気持ちを思い計るということになります。 例えば「彼女の気持ちを慮って今日は早く帰ることにした」「母の気持ちを慮って夕食を用意しておくことにした」などと使うことができます。 気持ちを斟酌する 「斟酌(しんしゃく)」は、「 相手の事情や心情をくみとること。 また、くみとって手加減すること」を意味しています。 「気持ちを斟酌する」は、「相手の事情や心情を考慮する。 または考慮して手加減すること」を表します。 例えば「彼の気持ちを斟酌して、それ以上は責めなかった」「上司の気持ちを斟酌した結果、事がうまく進んだ」などと使うことができます。 文法的に正しい敬語でも、言い回しや場面によっては相手に不快感を与えてしまう場合があります。

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心中するまで、待っててね。

心中 する

初めは情死をいい、これを他の複数自殺にも適用して親子心中、一家心中などという。 もともと心中とは心の誠ということで、「心中立て」はこの意味の語である。 それが、男色者や遊里の間で、心の中の誠を具体的に表現する必要から、放爪 ほうそう 、断髪、切指(指を切り落とすこと)、貫肉(股 もも などを刃物で突くこと)など身体の一部を傷つけたり、切り取って相手に渡したり、または互いの名をいれずみしたりする風習がおこり、これらの手段を心中というようになった。 このなかで互いの生命を賭 か ける心中死は、心中の極致と考えられ、やがて心中は心中死(情死)を意味するに至った。 この変化は、およそ元禄 げんろく (1688~1704)前後のことと考えられるが、ちょうどそのころ京坂を中心に情死が多発している。 情死事件が起こるとすぐに読売り祭文や近松の浄瑠璃 じょうるり につくられ、それがまた次の情死の誘因ともなった。 情死者が斬新 ざんしん な死の手段を考えたことは、明らかに自分たちの死の効果を予想したものであった。 この風潮に対して、江戸幕府は1722年(享保7)に心中死の取締り規則を定め、公式には相対死 あいたいじに と称するようにした。 その罰則は、情死者の死骸 しがい 取捨て、未遂者の非人扱い、また1人が死亡のときは相手は死刑、さらに、主従関係(主人側は軽い)や男女(女は軽罪)の差異が認められた。 しかし、その後も心中は絶えず、語の概念も拡大して、同性心中から一家心中までが含まれるようになった。 このため、日本は欧米に比して情死の多発国という誤解を生じた。 それには、封建的家族制度や儒教的道徳観や殉死思想など情死の原因と考えられるものが、日本特有のものとみなされたからであった。 しかし、情死は古くから世界中にその類例があり、けっして日本特有の現象ではない。 元禄以後の情死事件の多くが、遊里という特殊社会を背景としていることなども注意せねばならない。 ただ、日本の情死には無理心中が多いことと、親子心中にもその傾向が強いことは見逃せない。 無理心中は殺人と自殺との複合だからである。 親子心中は外国にも存在するし、強い家族制度と弱い社会保障制度の日本では、子を道連れにする親の心情に同情すべき点もあるが、親の殺人行為に対する社会的批判が強くなっている。 しかし、遺児への保障や親への救済など各種の対策を伴わなければ、根本的解決は望めないであろう。 [原島陽一] 心中の刑事責任刑法第199条の殺人罪は被害者の意思に反して他人を殺害することを要するから、心中、すなわち共同自殺は本罪ではなく、刑法第202条の自殺関与及び同意殺人罪に該当しうるにすぎない。 いわゆる無理心中は殺人罪にあたる。 たとえば心中の意思がないのにこれを偽り相手に心中をもちかけ自殺させる場合については、法律上有効な意思がないとして殺人罪にあたると解する見解が支配的であるが、自殺関与及び同意殺人罪にすぎないとする見解も有力である。 [名和鐵郎].

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実は注意が必要な「心中お察しします」の正しい使い方。例文や類語も紹介|MINE(マイン)

心中 する

物語背景 [ ] 『曽根崎心中』は、16年()早朝に新地天満屋の「はつ(本名妙、21歳)」と内本町醤油商平野屋の手代である「徳兵衛(25歳)」がのの森でした事件を題材にしている。 この事件以降、露天神社はお初天神とも呼ばれる事が多くなった。 人形浄瑠璃『曽根崎心中』の初演は同年()のにある竹本座での公演であったが、そのときの口上によるとそれより早くの演目として公演されており、人々の話題に上った事件であったことがうかがわれる。 元年()に刊行された『心中大鑑』巻三「大坂の部」にも「曾根崎の曙」として同じ事件のことが小説の形で記されている。 この演目を皮切りとして、「」ブームが起こった。 門左衛門の代表作の1つである『』も5年()に発表されている。 またこうした心中ものの流行の結果、来世で二人の愛が結ばれることを誓った心中事件が多発したため、江戸幕府は享保8年()より上演や脚本の執筆や発行を禁止すると共に、心中者の一方が生存した場合は極刑を申し渡し、双方生存の場合は晒し者にしたのち市民権を奪い、心中死した遺体は親族に下げ渡さず一切の葬儀を禁ずるなど心中事件に対して苛烈な処置を行ったが、その後もやといった事件により、民衆での心中は流行していた。 あらすじ [ ] 巡礼を終えたお初は(この観音めぐりのシーンは現在は割愛される場合が多い)、醤油屋の手代・徳兵衛と最後の観音巡礼の地「」で偶然の再会をする。 二人は巡礼以前から恋し合う仲であった。 巡礼中に便りのなかったことを責めるお初に、会えない間に自分は大変な目にあったのだと徳兵衛は語る。 徳兵衛は、実の叔父の家で奉公をしてきたが、誠実に働くことから信頼を得て娘(徳兵衛には従妹)と結婚させて店を持たせようとの話が出てきた。 徳兵衛はお初がいるからと断ったが、徳兵衛が知らないうちに叔父が勝手に話を進め、徳兵衛の継母相手に結納金を入れるところまで済ませてしまう。 なおも結婚を固辞する徳兵衛にとうとう叔父は怒りだし、勘当を言い渡した。 その中身は商売などさせない、大阪から出て行け、付け払いで買った服の代金を7日以内に返せというものであった。 徳兵衛はやっとのことで継母から結納金を取り返すが、それを叔父に返済する段になって、どうしても金が要るという友人・九平次から3日限りの約束でその金を貸してしまった。 と、徳兵衛が語り終えたところに九平次が登場する。 同時に、お初は喧嘩に巻き込まれるのを恐れた客によって表に連れ出される。 徳兵衛は、九平次に返済を迫る。 が、九平次は証文まであるものを「借金などは知らぬ」と逆に徳兵衛を公衆の面前で詐欺師呼ばわりしたうえ散々に殴りつけ、面目を失わせる。 兄弟と呼べるほどに信じていた男の手酷い裏切りであったが、結納金の横領がないことを、死んで身の潔白を証明する以外の手段を徳兵衛は最早思いつかなかった。 そこで、徳兵衛は覚悟を決め、日も暮れてのち密かにお初のもとを訪れる。 お初は、他の人に見つかっては大変と徳兵衛を縁の下に隠す。 そこへ九平次が客としてお初のもとを訪れるが、お初に素気無くされ徳兵衛の悪口をいいつつ帰る。 徳兵衛は縁の下で九平次がお初にしたり顔で語る騙し取った金の話に怒りに身を震わせつつ、縁の下から出てきた時にお初に死ぬ覚悟を伝える。 やがて真夜中。 お初と徳兵衛は手を取り合い、曽根崎の露天神の森、冥途への旅の始まりとなるところへ、あたりに気取られないよう道を行く(道行文)。 互いを連理の松の木に縛り覚悟を確かめ合うが、最期に及んで徳兵衛は愛するお初の命をわが手で奪うことに躊躇する。 それをお初は「はやく、はやく」と励まして、遂に短刀でお初の命を奪い、終に返す刃で自らも命を絶った。 かくして現世で悲恋に満ちた最期をとげた二人の死を、「未来成仏うたがひなき恋の手本となりにけり」と来世でのかたい契りとして結末と成る。 なお、歌舞伎では徳兵衛の叔父が帰らない徳兵衛を探して天満屋を尋ねてくる場面と、お初と徳兵衛が天満屋を抜け出した後に油屋の手代が天満屋を訪れ、それによって九平次が徳兵衛の金をだまし取ったことが露見する場面が追加されている。 人形浄瑠璃史から見た『曽根崎心中』 [ ] 人形浄瑠璃の演目はそれまで伝説や物語など人々によく知られた伝説や伝承を描くものであったが、門左衛門はここに同時代の心中事件という俗世の物語を持ち込みこれまでの歴史物(時代物)にたいして 世話物といわれる新しいジャンルを創り上げたといわれている。 俗世の事件を脚色するというやり方は当時既に先例があったが、この作品を「最初の世話物」と位置づける本は『』() 、『外題年鑑』() などいくつかあり、この作品が広く浄瑠璃界に広まっていたことが分かる。 なお初演年(1703年の竹本座)では、時代浄瑠璃の「日本王代記」の上演後、当日2部目の演目とされている。 短い物語ではあるが、俗世間の事件を浄瑠璃で描くという試みや作品としての面白さが受け『曽根崎心中』は当時の人々に絶賛された。 『今昔操年代記』にはその結果、竹本座が抱えた借金を返済してしまったとのエピソードが伝えられている。 お初天神と久成寺 [ ] 曽根崎心中の題材となった事件の現場。 大阪市北区曽根崎2丁目の(つゆのてんじんじゃ)のこと。 事件の概要は16年()4月7日に「天神の森(現在の社の裏手)」で、内本町平野屋の手代「徳兵衛」が堂島新地天満屋の遊女「お初」をその同意のもとに殺害し、同人もその場で自殺した相対死事件である。 ところが、一月後は暫く筆を休めていた後の作品として、この二人の悲恋を『 曽根崎心中』として発表した。 この作品は門左衛門の期待どおり、当時の世相人情の機微をつかみ大反響を得て大きな話題となった。 また、事件の神社は一躍有名となり、そのである「お初」の名前から以後今日に至るまで「お初天神」と通称されている。 平成16年(2004年)には301年祭として、露天神社境内にブロンズの慰霊像が建立され、平成17年(2005年)4月7日には「大阪伝統文化を育む会」の主催により写真展・資料展が開催された。 門左衛門は曽根崎心中の中でお初を「三十三に御身を変へ、色で導き情けで教へ、恋を菩提の橋となし、渡して観世音、誓ひは妙に有難し」とお妙の名と観音信仰(明治以前はが常態であったので神社と分けて考えない)をかけ、「未来成仏疑いなき、恋の手本となりにけり」と結んでいる。 なお「お初」は天満屋での呼び名であり、墓所(慰霊碑)に記された(大阪市中央区)での戒名は妙力信女であることから「お妙」などが推測される。 「お初」の墓石は天満屋が事件後に久成寺にたてたが、明治のなどのため所在が不明となり 、その後2002年(平成14年)「お初」の300回忌を機縁に、当寺の住職と檀家らの手により再建されている。 現代に復活した『曽根崎心中』 [ ] 記念碑 復活公演 [ ] 江戸時代に初演を含め数回で禁止されたが、筋が単純であることもあって長く再演されないままだった。 詞章は美しいため、が暗誦していたとも言われる(「一話一言」)。 戦後の28年()に歌舞伎狂言作者のが脚色を加え、復活した。 人形浄瑠璃では昭和30年()1月に復活公演が行われた。 歌舞伎:昭和28年(1953年)、東京のでの上演で再開。 ・中村扇雀(現・)による。 原作にない九平次の悪が露見する場面を入れ扇雀のお初の美しさによりヒット、以後何度も宇野版で上演されるようになった。 人形浄瑠璃:昭和30年(1955年)1月、のでの上演で復活(脚本脚色・作曲:)。 お初:吉田栄三、徳兵衛:。 原曲が残っていなかったことから、新たに作曲をし直した。 原文に多少のカットなどを施し、テンポの良い曲となった。 徳兵衛が心中の決意を伝えるためお初の足首をとる場面では、人形浄瑠璃では珍しい「女性の足を付ける」という演出がほどこされた。 曲の素晴らしさ、初演の竹本綱大夫・竹沢弥七の巧みな演奏、吉田栄三と吉田玉男の見事な人形(後に吉田玉男・吉田簑助の代表作ともなる)が絶賛され、現在でも上演の度にヒットを続けている。 劇映画 [ ] 曽根崎心中 監督 脚本 増村保造 原作 『曽根崎心中』 製作 木村元保 西村隆平 出演者 音楽 宇崎竜童 撮影 編集 中静達治 製作会社 行動社 木村プロダクション 配給 ATG 公開 上映時間 112分 製作国 言語 昭和53年()4月29日公開。 スタッフ [ ]• 製作会社:行動社、木村プロ、ATG• 監督:• 脚本:・増村保造• 音楽: キャスト [ ]• 平野屋徳兵衛:宇崎竜童• 天満屋お初:• 平野屋久右衛門:• お才:• 油屋九平次:• 天満屋吉兵衛:• 碇屋勘兵衛:• おみね:• お玉:• おかよ:• 本家の主人:• 手代市兵衛:• 町衆: ほか 文楽浄瑠璃映画 [ ] 1981年10月完成。 昭和56年()よりにて限定上映。 昭和58年()よりにて一般公開。 スタッフ [ ]• 製作会社:栗崎事務所• 監督:• 撮影:• 録音:[[]]• 配給会社: キャスト [ ] 【人形遣い】• 平野屋徳兵衛(主遣い):(初代)• 天満屋お初(主遣い): (三代目)• : ほか 【太夫】• : (五代目) ほか 【三味線】• また、格の関係なく人形遣いは全員が装束を着て演じた。 参考文献 [ ] ウィキクォートに に関する引用句集があります。 松平進 編『新注絵入曾根崎心中』(平成10年()• 『近松浄瑠璃集上(新日本古典文学大系91)』(平成5年()) 脚注 [ ] 注釈 [ ] []• 上巻「世話事のはじめといひ」• 一楽子編『参考今昔操浄瑠璃外題年鑑』「是世上世話浄るりの始めにて竹本氏古今の大當りなり」(『』巻第七書目所収)• 「やれ曾根崎の天神で。 見事な心中有馬の薬師。 薬がまハつた。 是を一段浄るりにこしらへ。 そねさき心中と外題を出しけれバ。 町中よろこび。 入ルほどにけるほどに。 木戸も芝居もゑいとう/\。 こしらへに物ハ入らず。 世話事のはじめといひ。 浄るりハおもしろし。 少しの間に余程のかねを儲。 諸方のとゞけも笑ひ顔見てすましぬ。 後に、この主演・音楽が縁となり、の吉田小玉 後の五代目 が座長となって製作された『ロック曽根崎心中』の音楽を担当し、とが全国巡業した。 製作時のクレジット。 後の五代目文吾• 製作時のクレジット。 後の九代目綱大夫 出典 [ ] []• 第一話 耳を噛みたがる女(1960年)• (1960年)• (1960年)• (1960年)• (1961年)• (1961年)• (1961年)• (1961年)• (1962年)• (1962年)• (1962年)• (1963年)• 第1話プレイガール(1963年)• (1963年)• (1964年)• (1964年)• (1964年)• (1964年)• (1965年)• (1965年)• (1966年)• (1966年)• (1966年)• (1967年)• (1967年)• (1967年)• (1968年)• (1968年)• (1968年)• (1968年)• (1969年)• (1969年)• (1969年) 1970年代.

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