橋下徹 津田大介。 津田大介の父親 在日特権を作った高沢寅男の秘書と判明!高安正明が横領を告発!北朝鮮との繋がり!渡邉哲也

道州制の実現について橋下氏「権力を持っている側は大反対する。20年、30年はかかる」(2020年6月30日)|BIGLOBEニュース

橋下徹 津田大介

橋下:朝日新聞のインタビューでもそうした意図が書いてあったが、僕は何を言っているのかさっぱり分からなかった。 もちろん分かる人もいるだろうし、考え方は自由だが、正直、それなら自分の金でやってよ、と思った。 「芸術は税金で支えていかないといけない。 芸術に口を出すな」と言うけれど、やっぱり納税者に対して一定の配慮するのが税の使い方だ。 それから、陛下の写真だからということで大騒ぎする人がいるけれど、僕はそれ以前に、個人の写真を燃やすというのはどうなのよと思った。 しかも灰を踏みつけているような映像になっている。 それはどう考えても違うと思った。 色々な受け取り方があるとは思うが、写真を燃やすというのは表現でもなんでもなくて、言ってもれば侮辱だ。 僕だって自分のおじいさんの写真が燃やされていたら、「ちょっと待ってよ」と言うもん。 権力者だって皇室だって人間なわけで、我慢しなければならないという義務はないと思う。 ただ、個人のお金でやる分には表現の自由として守られると思う。 そこはどうか。 津田:自分の家族、自分のおじいさんなどが燃やされたとしたらいい気分はしないと思うし、相手を攻撃したい、傷つけたいというものなら僕も嫌だと思う。 嫌だからといって展示を中止しろとは思わないし、何より文脈が大事だと思う。 大浦さんの作品に関しても、もちろん最初に見たときには驚いたが、大浦さんが過去に受けた痛みなどの文脈を知ると、全部とは言わないまでも、理解はできる。 それを踏まえた上で、芸術監督という立場が難しくて悩んだところもあった。 芸術祭全体をプロデュースし、アーティストの作品群のリーダーというか、それらを決める責任があった。 同時に、愛知県職員からなる、あいちトリエンナーレのスタッフのリーダーでもあった。 この二つの立場で引き裂かれていた部分があった。 できるだけ円滑、安全に運営するという職員の立場に立てば、大浦さんの作品はない方がいい。 両者は矛盾する。 最終的に、僕はトリエンナーレをやる上で、アーティスト・ファーストでいくことを選んだということ。 その結果、職員に迷惑をかけてしまったことは反省するところだし、彼らには何度も謝っている。 僕は大阪で「芸術の破壊者だ」とさんざん言われてきたが、特定の税金を特定の芸術にどんどん注ぎ込むのには反対だった。 税金を使うなら、公平に芸術作品に使っていこうということで、「アーツカウンシル」という、評価する審議会みたいなものを作って、そこで判断してくださいということにした。 あいちトリエンナーレの場合、その判断が津田さんという個人の感覚に委ねられてしまった。 津田:ガバナンスに曖昧な部分はあった。 こういう言い方は変だが、役人というのはサボタージュしようと思えばいくらでもサボタージュできるのに、愛知県の職員は本当にみんな優秀で、僕が物議を醸すような企画をやりたいといって持っていくと、真剣にやりとりをしてくれて、僕の判断を尊重してくれた。 その結果としてできてしまったがゆえの騒動だったという面がある。 だからこそ申し訳ないと思うのと同時に、ガバナンスをどうしていくか、ということを思った。 橋下:税金を使うということになれば、芸術だからといって自由が絶対に守られるということではない。 慰安婦の問題についてここで議論するつもりはないが、例えば「慰安婦はしっかりお金を稼いでいた、しっかり報酬をもらっていた」という意見も中にはある。 仮に通帳を持ってニコッと笑っている慰安婦の作品が出てきたとしたら、それは認めたのか。 津田:「表現の不自由展・その後」のコンセプトは明快で、日本のパブリックセクター、公立美術館などで出展を拒否された、あるいは撤去されたものを展示しようというものだ。 だから「通帳を持ってニコッと笑っている慰安婦の作品」があって、撤去されたという経緯があれば、あり得たと思う。 ただ、実際にはそういう作品は存在しないのでその仮定に意味はない。 ただ、そうした文脈の話でいうと、昨今は左派からの攻撃によって右派的な表現が潰されるというケースも散見される。 僕はそういう表現も入れた方が「表現の不自由展」というコンセプトをよりいろいろな人に届けるためには重要だと思っていた。 ただ、作品は基本的に不自由展の実行委員の中心になって選んでいったので、すべての主導権を取れたわけではなかったし、取るつもりもなかった。 そこの役割分担が入れ子構造のようになってしまった。 橋下:組織としてイベントを動かしていく時に、権限と責任の所在をはっきりしないといけないことの典型例だと思う。 「芸術なんだから、表現の自由は絶対に守らないといけない」と言う人もいるかもしれないが、イベントである以上、そのコンセプトに従った表現じゃないといけないのは当たり前だ。 それは検閲でも表現の自由の侵害でもないんだけどんね。 津田さんはそこを悩みながらやられていたということだったと。 津田:表現の自由の問題でもあるが、あくまでもそれはワンオブゼムで、表現の不自由展・その後はいろんな問題が複合的に重なっていた。 橋下さんがおっしゃっていることは大体理解しているが、一点だけ、やっぱり違うなと思うのは、公金の使われ方のところ。 納税者ほど多様な集団はいない。 騒動の渦中に、名古屋のテレビ局が世論調査をしていたが、「再開して欲しいか。 見たいか」という質問では賛否が拮抗していた。 つまり、確かに反対の人は多かったが、賛成の人も同数くらいいたということだ。 そのどちらもが税金を払っている。 納税者ほど多様な集団はいないからこそ、内容には干渉すべきではない。 あいちトリエンナーレはあれだけ政治的に尖った内容があっても、不自由展以外の企画も含めて評価が良かった。 美術展としては商業的にも大成功していて、実は過去最高の動員数で、7000万円くらい黒字も出している。 ただ、公金を使った展示だったというところはすごく議論になった。 クレームに弱い社会なので、1件、2件とクレームがあると事業を止めるような状況もあるし、県民の3割が反対しているような展示はとてもできないという、役所の人の考えも分かる。 ほとんど話題にはならなかったが、あいちトリエンナーレは日本人や35歳以下の若手作家を積極的に入れていた。 なぜかといえば、アートは市場原理になじまないからこそ、伸び代があるところにちゃんと公金を使って育てていこうとしたからだ。 「あいちトリエンナーレがきっかけであの作家は有名になったよね」という人をどれだけ出したか。 そこが市場原理ではなく、公金を使う意味だと思っていた。 橋下:芸術に公金を使うことに反対しているわけではなくて、その使い方というか。 仕組みのところだ。 公立美術館で撤去された作品を飾るというコンセプトだと言ったが、それはある意味で津田さんの方針だ。 公金を使うんだったら、そこはもう少し幅広い審議をした上で方針を固めていくべきだったと思う。 津田:本来はそうだ。 それで事務局も発表はしない方がいいんじゃないかという話になった。 橋下:ぜひ聞きたかったが、公金を使うのは難しいでしょう? 津田:おこがましい言い方だが、橋下さんの気持ちがちょっと分かった。 橋下さんが『政権奪取論』で書かれていたが、内部での調整だ。 「なんで準備してなかったの?」「なんでこんなことも考えていないの?」などとさんざん言われたが、考えてない訳がない。 全て検討した上で準備をしているのに、表面に出てきている一部分だけで判断されるんだなと感じた。 民間の感覚というか、僕の仕事のタイム感だったら2週間、1カ月でできるものが3カ月くらいかかってしまう。 でも、そうやってプロセスを踏んでいけないといけないし、全般的に時間が足りなかった。 橋下:良かった(笑)。 チェックはしていないけれど、津田さんは僕の府政、市政について批判的なことを考えていると思っていた。 もちろん、批判していいんだけど(笑)。 公金を使っていく中では、常に何をしたって反対意見が出る。 コメンテーターや評論家も色んなことを言うんだけど、「俺もちゃんと考えてますがな」と。 僕は文楽を切ったんじゃなくて、文楽協会という天下り団体みたいなところの補助金を切りにいったのに、学者が「橋下はバカだ。 アホだ。 芸術を分かってない」と。 冗談じゃない。 文楽を語らせたら政治家の中でナンバーワンになる自信があるくらい見ている。 アホかと。 考えながら公金を使うことの難しさを津田さんにも理解してもらえたとしたら、嬉しいな。 (ABEMA/『NewsBAR橋下』より) 外部サイト.

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地上波でも津田氏の責任追及。橋下氏、デーブ氏らが続々と指摘

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死亡したプロレスラーの木村花さんの問題、複数の女性との不倫が報じられたアンジャッシュの渡部建さんに対する投稿など、ネットの誹謗中傷の問題が後を絶たない。 6月27日のABEMA『NewsBAR橋下』では、「あいちトリエンナーレが大炎上した時にはTwitterのアプリを立ち上げると5分に2、300個くらい、1日に数万件の罵倒が来るような状況で、コミュニケーションツールとしてはまともに使えない状況だった」と振り返るジャーナリストの津田大介氏と、「コロナに感染しているかもしれないということで休んでいる時、時間があったから見てみた。 あれは精神衛生上良くないね。 津田:一件一件を見れば批判もあるし、名誉毀損や侮辱にあたるものもある。 しかし、それが数万という単位で来るとなると対応することができない。 もちろん書き込んでいるひとりひとりに責任があるが、匿名での嫌がらせや誹謗中傷がこれまでも社会問題になっていて、それが法的にも救済されない状況を放置してきた政治の責任とも言える。 木村花さんの問題に関しては、この番組の三浦瑠麗さんが出演した回で橋下さんがフジテレビやNetflixなど、リアリティーショーを制作した側の責任もすごく大きいと仰っていたのが印象的だった。 橋下さんみたいにコミュニケーションツールとして自分のペースで使える人はいいが、全部真正面から抱え込んでしまうような人の場合、メンタルを傷つけられてしまう。 つまり、タレントが現実に炎上すること自体が話題になる、マーケティングになるという番組作りをしておきながら、木村さんに対するフォロー、あるいは守るということができなかったということだ。 加えて言えば、有名になりたい、SNSのフォロワーを増やしたいということでテラスハウスに出演するひとも多い。 だから、それぞれの責任を切り分けて解決していかないと難しいと思う。 橋下:全て我慢しろ、自己責任、と言うつもりはないが、こういう仕事をやれば、当然みんなから色々なことを言われる。 関心の対象になるというのは、それだけのしんどさがあるということだ。 僕が30歳くらいでテレビに出始めた頃はSNSが無かったので、誹謗中傷も見えなかった。 そこから徐々にSNSが出てきて、言われることにも慣れてきて、今の50歳の僕がある。 でも、木村花さんはあの年齢でいきなり誹謗中傷の中にボーンと放り込まれてしまった。 それは耐えられないと思う。 やっぱり周りが「こういう大変な世界だよ、それでもやりますか?」と丁寧に説明してあげなかったことは問題だと思う。 津田:かつては2ちゃんねるなど、あくまでもアングラな匿名掲示板でボロクソに書かれているだけで、タレントさん本人も見なければ気にならなかったし、今回のようなことにはならなかった。 その頃の感覚のままの人たちがTwitterやInstagramにやってきて、本人のコメント欄に直接書き込んでしまう。 これが一番大きな変化だと思う。 よく「匿名は卑怯だ」と言うが、権力のチェックや不正を暴いたりする時には匿名での表現も重要だから、それは守らないといけない。 そして、何が誹謗中傷か、というラインを引くのは大変だ。 だからこそ、この問題で「すぐに規制だ」というのは気をつけなければいけない。 ただ、プロバイダーの情報を開示しやすくするのは賛成。 名誉毀損の裁判をやろうとすると、まず相手方の住所を特定するのが大変。 プロバイダーとだいたい2往復くらいやって、弁護士費用も含めて3、40万円はかかる。 そして、そこからが本裁判だから。 何でもかんでも開示するとなるのは問題だけれど、情報開示の仕組みは今のままではダメだ。 しっかり作って欲しい。 津田:僕も橋下さんとほとんど同じ意見だ。 もう一つ問題なのは、TwitterやFacebookは海外のサービスなので、英語に文書を翻訳してIPアドレスを出してもらい、その上で接続業者に開示請求しなければならない。 そこを簡素化するための議論を総務省で詰めているが、1回目で開示ができたんだったら、それを元に日本のプロバイダーもすぐに情報は出せばいいじゃないですか、ということ。 それから、民事訴訟法の問題もある。 アメリカのサービスだとしても、TwitterやFacebookは日本法人があるので、そちらに請求すればできるように法改正すれば楽になる。 また、プロバイダーのログが3~6か月で消えてしまうので、裁判の間に情報が消えてしまって追いきれなくなる問題もある。 ここも1年程度の保存義務を課すようにすればいいと思う。 橋下:開示請求の申立書を英訳のために費用がかかってしまうからね。 それと、根本的な問題として、名誉毀損や侮辱にあたる表現をした場合の賠償金が少なすぎる。 数十万円の金銭的負担、数ヶ月の時間、そして精神的負担を被害者が負わないといけない。 簡素化の程度にもよるが、裁判費用が半額程度になれば多少は「黒字」が出るようになるので、抑止力にもなると思う。 橋下:僕は事前に「こういう表現はダメですよ」と事細かなルールを決めるのは良くないと思う。 名誉毀損や侮辱はわかるが、それ以外の、批判めいたものについてのラインは引けないので、そこは裁判で事後的に解決するしかない。 そして、例えば名誉毀損と認定されたら3000万払わないといけないよ、となれば、書き込む側も、「ここまでは踏み込んでもいいかな、ここまでは書いてもいいかな」と慎重になると思う。 ジャーナリストの伊藤詩織さんは今月、「精神的な苦痛を受けた」として、Twitterの投稿者らに損害賠償と削除を求め、東京地裁に提訴した。 伊藤さん側は、誹謗中傷をリツイートした男性2人にもそれぞれ110万円の支払いを求めている。 実は橋下氏自身も、リツイートによって名誉を傷つけられたとして、ジャーナリストに慰謝料を求めて提訴。 大阪地裁は33万円の支払いを命じ、大阪高裁も被告側の控訴を棄却している。 橋下:僕のケースは、みんなが参考にしている裁判例だ。 単純リツイートは誰かが書いた記事やツイートをポチっと拡散しただけであって、責任を問えるのか、無理だ、とみんなが言っていた。 しかし、そこらへんに落ちていた誹謗中傷のビラをあちこちに貼ったら責任を追及されるじゃないか、ということだ。 中傷ビラを10枚くらい貼ると名誉毀損になる。 Twitterの場合、大抵の人はフォロワーが10人くらいはいるだろうし、多い人になれば1万人、10万人といる10万枚のビラを貼るのは明らかにアウトだと思う。 津田:ネット関係の判例も増えてきた。 リツイートに近いものでは、まとめサイトの問題がある。 「匿名掲示板に書かれていたものを転載しただけ、書いた人に責任があるんだ」という主張に対し、まとめた側も編集しているし、著作物でしょ、ということで賠償を命じる判決も出てきている。 タイムラインを見て、どういう文脈でリツイートされているのかを判断し、悪質であれば名誉毀損が認められる流れになっていくと思う。 僕は人のツイートを引用するのは自由だと思うし、「こういう風なビラがあったけど、これについて僕はこう考えるんです」と引用するのも仕方がない。 だからコメント付きのリツイートに関しても「論評」であって、責任はないと思う。 しかし、僕はTwitterでのデマ拡散の主な原因はリツイートだと思っているから、リツイートをする人はしっかり責任を持って下さいね、ということだ。 津田:デマをそのまま掲示するという責任はある。 ちなみに、伊藤さんの件は全てのリツイートに対して、ということではなくて、大量の投稿を精査し、どういう状況で発信されたかということを分析した上で、悪質性が高いものを特定して訴えたのであって、リツイート自体が全て危ない、というわけではない。 文脈や悪質さが考慮されるということだ。 (ABEMA/『NewsBAR橋下』より).

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橋下vs津田

橋下徹 津田大介

愛知県で開かれている現代アートの祭典で展示作品の内容に反発が広がり、主催者側は「安全確保のため」公開中止に踏み切った。 同イベントの芸術監督である氏は中止決定を受けて謝罪会見を行ったが、なぜこんな事態を招いてしまったか。 氏が原因を分析、どうすれば成功できたかをアドバイスする。 プレジデント社の公式メールマガジン「橋下徹の『問題解決の授業』」(8月6日配信)から抜粋記事をお届けします。 問題視されたのは、韓国人彫刻家の手による「平和の少女像」と昭和天皇の肖像を傷つけた形の作品。 あいちトリエンナーレの芸術監督はジャーナリストの津田大介さんだが、彼は何を誤ったのか。 本メルマガ《問題解決の授業》の観点から、どうすればこの展覧会を成功に導くことができたかを考えてみたい。 写真=時事通信フォト 国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」について記者会見する、芸術監督を務めるジャーナリストの津田大介氏=2019年8月2日、名古屋市東区の愛知芸術文化センター - 写真=時事通信フォト 僕は津田さんとは面識はないが、彼が政治に対しては色々と評論をしていたことは知っている。 津田さんは今回の件で、評論と実行がいかに異なるものか、評論はいかに楽で、実行はいかに大変かを認識したと思う。 普段、偉そうに評論していても、自分が実行するとなると、とんでもない壁にぶち当たる。 言うは易く行うは難し、である。 (略) 今回は、公金を活用するイベントだ。 確かに問題の展示に投じられた公金は400万円ほどであったとの報道もあるが、展示はイベント全体の格によって発信力が左右される。 ゆえにイベント全体の予算を考慮せざるを得ず、その額は億を超える大金だ。 公金を活用する以上細心の注意を払わなければならない。 これは政治家を経験すれば痛切に感じることだ。 たとえ数百円でもいい加減に使えば、厳しい批判を受ける。 今は、芸術という大義名分を振りかざせば、何とでもなる時代ではない。 そのことは政治を厳しく批評していた津田さんだからこそ、分かっていたと思うのだが。 (略) 税金を使う以上、「とにかく自由に使わせろ!」という主張を許すわけにはいかない。 そんなふうに主張する人たちは、学問の自由や芸術の自由を振りかざせば、税金を自分たちの思いのまま自由に使えるものだと強く信じている人たちが多い。 そのくせ、政治や行政の税金の使い方にはうるさいことが多い。 これは、政治行政をとかく批判する人たちによくあるいつものパターンである。 「検閲」という言葉を用いる人まで出てきたが、そのような人は「検閲」というものについてきちんと勉強した方がいい。 検閲とは「行政権が、表現物の内容を事前に審査して、一般的・網羅的に発表を禁止すること」であって、今回の件は、問題の展示物をあいちトリエンナーレでは展示しないというだけで、他の場所での展示まで禁じたわけではない。 税金が使われていない他の会場では展示できる余地があるので、これは検閲ではない。 しかもいったん発表した後の「事後的な」制約なので、この点でも検閲ではない。 日頃、自由などを強調する人たちは、政治行政が芸術作品などに口を出すことを非常に嫌がる。 そしてすぐに「芸術の自由」「表現の自由」を持ち出す。 ところが、芸術作品に政治行政は介入するな! 表現の自由を侵害するな! と叫ぶ人たちは、逆に、ある表現については、ヘイトスピーチだ! 女性蔑視だ! 人種差別だ! 政治行政は介入しろ! 規制しろ! と騒ぐ者が多い。 結局、自分たちの好む表現、自分たちが許容できる表現については、「政治行政は介入するな!」と主張し、自分たちが許容できない表現については、「政治行政は介入しろ!」と言うんだ。 これは、典型的なご都合主義。 (略) 芸術も表現も、場合によってはヘイトにもなるし、女性蔑視にもなるし、人種差別にもなる。 個人の人格攻撃にもなる。 このような芸術や表現が許されないことは論を待たない。 つまり、芸術や表現は完全なる自由ではなく、やはり制約を受ける。 もし芸術であれば何でも許されるというのであれば、芸術を名乗るヘイトや女性蔑視や人種差別が許されるというのだろうか? 公の美術館や事業で、ヘイトや女性蔑視、人種差別、セクハラ的な芸術作品が展示されたらどうなるのか? おそらく中止の声が上がるだろう。 普段はこのような表現について血相を変えて、「こんな表現を許すな!」「政治行政はきちんと規制しろ!」と言っている人たちに限って、今回、抽象的な芸術の自由・表現の自由を持ち出して、「政治行政は口出しするな!」と叫ぶ。 結局、抽象的な芸術の自由や表現の自由を振りかざすだけではご都合主義に陥る。 芸術であろうと表現であろうと、完全なる自由はない。 一定の制約を受ける。 そして、この自由と制約のライン、つまりアウトとセーフのラインを「具体的に」考え、それを設定することが、今回のようなチャレンジ的なイベントをやるときの「実行力」の柱だ。 この実行力がないまま、このようなイベントをやってしまうと、津田さんのようになってしまう。 (略) ところが、アウトかセーフかのラインを明確に引いて、絶対的に正しい判定ができる者など、まず存在しない。 だからこそ、プロセス・手続きが重要なんだ。 これが「手続き的正義」の考え方だ。 表現の「内容」で判定するというよりも、「手続き」をきちんと踏んでいるかどうかで判定するアプローチだ。 結論から言えば、「公金を使っている以上、反日的な表現はダメだ」という理由で、アウトの判定をしてはいけないというのが僕の持論だ。 世間では、慰安婦像は反日! という理由で撤去を迫っているようだが、反日かどうかというラインの設定は極めて危険だと思う。 僕のラインは、公金を使って「一方的な」政治的表現をサポートすることは許されないというものだ。 政治的かどうかという内容面で一切許されないとするものではない。 一方的かどうか、対立側にも表現のチャンスを与えているかどうか、その他の立場の者にもチャンスを与えているかどうかというところでラインを引いている。 これは表現のチャンスを平等・公平に与えているかどうかという、まさに「手続き的な視点」でのラインだ。 表現の「内容」によってのラインとは異なる。 ゆえに政治的表現であっても、両立場、あらゆる立場にチャンスを平等・公平に与えているなら、公金を使っても問題ないというのが僕の持論だ。 これが「手続き的正義」の考え方だ。 今回の「表現の不自由展・その後」は、「一方的な」政治表現に偏ってしまったことが問題だ。 しかし、「手続き的正義」の考え方をしっかり踏まえれば、実は、表現の自由の限界や慰安婦像の問題点などを深く考える非常にいい展示になっていたと思う。 ただし、慰安婦像に賛成する者、反対する者、天皇制に賛成する者、反対する者、特攻を揶揄する者、尊崇する者、それら両者から猛批判を浴びることになるだろう。 場合によっては命の危険すらある。 しかし、津田さんが今回やろうとしていたことは、そういうことではなかったのか。 僕は芸術や表現の分野において、そこまで命を張っての活動はできないが、政治活動においてはそのような覚悟でやってきた。 津田さんがそういう覚悟のないまま、このようなチャレンジをしたというのであれば、そりゃ実行できないのは当然だ。 162(8月6日配信)を一部抜粋し、加筆修正したものです。 もっと読みたい方はメールマガジンで! 今号は《【令和時代の天皇制(5)】竹田恒泰さんと議論して確認できたこと/【表現の不自由展(1)】なぜ津田大介さんは展示会「中止」に追い込まれたか?》のダブル特集です。 ---------- 橋下 徹(はしもと・とおる) 元大阪市長・元大阪府知事 1969年東京都生まれ。 早稲田大学政治経済学部卒業後、大阪弁護士会に弁護士登録。 98年「橋下綜合法律事務所」を設立。 TV番組などに出演して有名に。 2008年大阪府知事に就任し、3年9カ月務める。 11年12月、大阪市長。 ---------- (元大阪市長・元大阪府知事 橋下 徹) 外部サイト.

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