世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ 全文。 世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉

ホセ・ムヒカ

世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ 全文

「世界一貧しい大統領」として知られたムヒカ前大統領への日本のテレビ局のインタビューが大きな話題となっています。 フジテレビ系列のMr. サンデーでこのウルグアイのムヒカ前大統領のロングインタビューが放映され、その後ネット上でもFacebookを中心に、動画がシェアされたり書き起こしが作られて幅広くシェアされ続けています。 貧富の格差が広がり貧困が大きな問題となっている現代のグローバリズム、消費主義社会に対して 「現代に至っては、人類が作ったこの大きな勢力をコントロールしきれていません。 逆に、人類がこの消費社会にコントロールされているのです」「残酷な競争で成り立つ消費主義社会で『みんなの世界を良くしていこう』というような共存共栄な議論はできるのでしょうか?」 として 「私たちは発展するために生まれてきているわけではありません。 幸せになるためにこの地球にやってきたのです」と訴えかけました。 また運転手付きの公用車に乗る代わりに中古のフォルクスワーゲン・ゴルフを愛車とし、飛行機移動にはエコノミークラスを使っていました。 さらには大統領報酬の90%程度を貧しい人々や零細企業向けのチャリティに寄付して、自身は月に1000ドル程度で生活するという徹底ぶり。 こうしたことからムヒカ前大統領は「世界一貧しい大統領」と呼ばれるようになりますが、ムヒカ前大統領に言わせると 「貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」とのことなので、本人にとってそれは貧しさではないのかもしれません。 ムヒカ前大統領の言葉と、それと一致した行動や生き方はウルグアイのみならず世界中で注目を浴びました。 日本でもリオ会議でのスピーチがそのまま絵本になるなど知名度は高く、フジテレビがMr. サンデーではじめて特集した際にも極めて大きな反響があったとして、第2弾となる今回の単独インタビューが企画されたとのことです。 インタビュー前の特集全体はこちらの投稿から閲覧することができます。 フジテレビ:Mr. 心が震えるメッセージ。 世界一貧しい大統領とは? 大統領時代、収入のおよそ8割を寄付し、質素な農場で暮らしていたことから「世界で一番貧しい大統領」と呼ばれたウルグアイのホセ・ムヒカ前大統領。 今年、5年間の任期を終え、その座を退いたニュースは南米を中心に世界各国で報じられ、その後も世界中から注目されているが、日本では、その後の活動はあまり知らされていない。 およそ2カ月間に渡る交渉の末「Mr. サンデー」はムヒカ前大統領が30年以上住み続けている自宅での単独インタビューに成功。 事前に「インタビュー時間は20分」と言われていたインタビューは1時間20分にも及んだ。 その中には、ムヒカ前大統領と日本との関わり、日本人へのメッセージも込められた。 インタビューの中で、ムヒカ元大統領は幼少期からの「日系人から受けた恩」や偶然見かけた「日本人サッカー少年」など、日本に関するエピソードを語った。 世界一貧しい大統領の、清貧の原点は日本人だったというのだ ムヒカ大統領は7歳のときに父親をな亡くしたという。 母親は少ない父の年金すら15年ももらえず、苦しんでいた。 そこで花を栽培して生計をたてていたという。 実は家の近所に10軒か15軒ぐらいの日本人家族がいた。 花の栽培のきっかけはその日本人家族だったのだ。 幼いムヒカ大統領も育て方を教わり家計を助けた。 農民の思考で狭い土地に多くのものを耕していた。 「50年前の私たちは富を平等に分配することによって世界をより良くできると考えていたんだ。 でも、今になって気付いたのは、人間の文化そのものを変えないと何も変わらないということだ」 「私はみんな豊かさというものを勘違いしていると思うんだよ。 だが、私はそうは思わないんだ。 多数の人と同じ生活をしなければいけないんだ。 国民の生活レベルが上がれば自分もちょっとだけ上げる。 少数派じゃいけないんだ。 」 大統領時代から、その生活ぶりはまさに一般庶民の生活そのものだった。 「人間の幸せとは何か。 」 再び国連のスピーチが紹介された。 「貧乏とは少ししか持っていないことではなく、限りなく多くを必要としもっともっとと欲しがることである」「貧乏とは無限の欲がある人のこと」 「ハイパー消費社会を続けるためには、商品の寿命を縮めてできるだけ多く売らなければなりません。 10万時間持つ電球を作れるのに、1000時間しか持たない電球しか売ってはいけない社会なのです。 長持ちする電球は作ってはいけないのです。 もっと働くため、もっと売るためにの使い捨て社会なのです。 」 「私たちは発展するために生まれてきたわけのではありません。 幸せになるために地球にやってき来たのです。 」 そして、3月の取材の際は、日本を絶賛したムヒカ前大統領だったが、今回は違っていて、今の日本の状況について一言、「日本人は魂を失った。 ムヒカ前大統領は大のネクタイ嫌いで有名だ。 今年3月1日に行われたウルグアイ新大統領就任式でも、前大統領はノーネクタイで出席した。 「我々も英国紳士のような服装をしなければならない。 それが世界中に強制されたものだからです。 」 「日本人ですら信用を得るために着物を放棄しなければならなかった。 みんなネクタイを締めて変装しなければならなくなった。 欧米の価値観一色に塗りつぶされてしまった世界。 」 「ペリー提督がまだ扉を閉ざしていたころの日本を訪れた時の話さ。 時の日本は『西洋人は泥棒』って思っていた時代だね。 あれは間違いではなかったけど、賢い政策で対応したとは思うよ。 西洋にある進んだ技術に対抗できないことを認め、彼らに勝る技術をつくろうと頑張ったんだ。 そしてそれを成し遂げてしまった…。 でもそのとき日本人は魂を失った。 」 「人間は必要なものを得るために頑張らなきゃいけないときもある。 けれど必要以上のモノはいらない。 幸せな人生を送るには重荷を背負ってはならないと思うんだ。 」 「長旅を始めるときと同じさ。 長い旅に出るときに、50kgのリュックを背負っていたら、たとえ、いろんなモノが入っていても歩くことはできない。 100年前150年前の日本人は私と同意見だったと思うよ。 今の日本人は賛成じゃないかもしれないけどね。 」 多くのモノを持たず、それ以上を望まなかったかつての日本人。 「足るを知る」を美徳とした文化は大きな変貌を遂げてしまった。 「今の日本についてどうお考えでしょうか?」と聞くと、次のように答えた。 「産業社会に振り回されていると思うよ。 すごい進歩を遂げた国だとは思う。 けど、本当に日本人が幸せなのかは疑問なんだ。 西洋の悪いところをマネして、日本の性質を忘れてしまったんだと思う。 日本文化の根源をね。 」 耳が痛い。 「幸せとは物を買うことと勘違いしているからだよ。 幸せは人間のように命あるものからしかもらえないんだ。 物は幸せにしてくれない。 幸せにしてくれるのは生き物なんだ。 」 「私はシンプルなんだよ。 無駄遣いしたりいろんな物を買い込むのが好きじゃないんだ。 その方が時間が残ると思うから。 もっと自由だからだよ。 」 「なぜ、自由か…?あまり消費しないことで大量に購入した物の支払いに追われ必至に仕事をする必要がないからさ。 根本的な問題は君が何かを買うときお金で買っているわけではないということさ。 そのお金を得るために使った『時間』で買っているんだよ。 請求書やクレジットカードローンなどを支払うために働く必要があるのならそれは自由ではないんだ。 」 私たちは、いつの間にか、ほんとうの幸せとは何か、人間が生きる目的とは何か、を見失ってしまったようだ。 幸せに暮らすため 自由でいるため みんなが物を欲しがらない暮らし…… 「その世界は実現可能だと思いますか?」 「とても難しいね…」と言いながら、ムヒカ前大統領は、インタビュアーに向かってこう言った。 「君が日本を変えることはできない。 でも自分の考え方を変えることはできるんだよ。 世の中に惑わされずに自分をコントロールすることはできる。 君のように若い人は。 恋するための時間が必要なんだ子どもができたら、子どもと過ごす時間が必要だし、友達がいたら友達と過ごす時間が必要なんだ。 」 「働いて、働いて、働いて、職場との往復を続けていたら、いつの間にか老人になって、唯一できたことは請求書を支払うこと。 若さを奪われてはいけないよ。 ちょっとずつ使いなさい。 そうまるで素晴らしいものを味わうように…。 生きることにまっしぐらに。 」 慈愛に満ちた優しい眼差しでそう語った。 ムヒカ前大統領の口から溢れるのは、幼いときから生きるために必死に戦い積み重ねてきた自ららの体験で導き出した信念だ。 今は、農業学校を建て、花の栽培などを教えている。 「そこに学校をつくるのは一つの夢だったと思いますがこの先の夢・目標はありますでしょうか?」との質問に対しては次のように語った。 「私がいなくなったときに他の人の運命を変えるような若い子たちが残るように貢献したいんだ。 本当のリーダーとは多くの事柄を成し遂げる人ではなく自分をはるかに越えるような人材を残す人だと思うから。 」 「本当のリーダーとは自分を越える人材を残すことだ。 」 最後に「日本の子どもたちへのメッセージ」を寄せた。 「日本にいる子どもたちよ。 君たちは今、人生で最も幸せな時間にいる。 経済的に価値のある人材となるための勉強ばかりして、早く大人になろうと急がないで。 遊んで、遊んで、子どもでいる幸せを味わっておくれ。 」 *** ムヒカ前大統領は、今でも世界から取材や講演などで引っぱりだこだ。 ユーゴスラビア出身の巨匠映画監督エミール・クストリッツア氏が監督でムヒカ大統領の生涯に迫ったドキュメンタリー映画を作製中だという。 今年80歳になる元大統領の言葉は、現代社会のかかえる根本的な矛盾をえぐり、物質文明と大量消費社会にまみれた私たち日本人の心に突き刺さるようだ。 私たち一人ひとりが、ムヒカ前大統領の言葉に眼を覚ますべきであろう。 「私一人が日本を変える」ことはできないかもしれないが、まず「私が変わること」はできる。 そんな生き方をする人が増えれば、日本もいずれ変わるかもしれない。 yahoo. 2009年11月にウルグアイ大統領選挙に当選し、2010年3月1日より2015年2月末まで、同国の第40代大統領を務めた。 それは幸せと物と時間についての部分。 幸せとは物を買うことと勘違いしているからだよ。 幸せは人間のように命あるものからしかもらえないんだ。 物は幸せにしてくれない。 幸せにしてくれるのは生き物なんだ 無駄遣いしたりいろんな物を買い込むのが好きじゃないんだ。 その方が時間が残ると思うから。 もっと自由だからだよ。 なぜ、自由か?あまり消費しないことで大量に購入した物の支払いに追われ、必死に仕事をする必要がないからさ。 根本的な問題は君が何かを買うとき、お金で買っているわけではないということさ。 そのお金を得るために使った『時間』で買っているんだよ。 請求書やクレジットカードローンなどを支払うために働く必要があるのなら、それは自由ではないんだ 君のように若い人は。 恋するための時間が必要なんだ。 子どもができたら、子どもと過ごす時間が必要だし、友達がいたら友達と過ごす時間が必要なんだ。 働いて、働いて、働いて、職場との往復を続けていたら、いつの間にか老人になって、唯一できたことは請求書を支払うこと。 若さを奪われてはいけないよ。 ちょっとずつ使いなさい。 そう、まるで素晴らしいものを味わうように、生きることにまっしぐらに ムヒカ前大統領が言う「時間」とは何でしょうか?それは他ならぬ私たち自身が生きているこの時間のこと。 「人生」と呼び変えてもいいでしょう。 あなたがお金を得るために働いている「時間」はまさにあなたの「人生」そのものです。 ではそんな、必要以上のものを消費するためにお金を得ようと「人生」という「時間」をすり減らしながら働くこの社会を変えることはできるのでしょうか?ムヒカ前大統領はこう答えます。 とても難しいね。 君が日本を変えることはできない。 でも自分の考え方を変えることはできるんだよ。 世の中に惑わされずに自分をコントロールすることはできるんだ。 これは絶望ではなく、ゲリラとして長く苦しい戦いを生き抜き、自分の哲学を実践しながら5年間大統領として務め上げたムヒカ前大統領ならではの実感として受け取るべきなのでしょう。 ウルグアイを変えようとしたムヒカ前大統領は、彼ひとりだけではその大きな変化を起こすことができないことを身をもって感じたのかもしれません。 この言葉は次のガンディーの有名な言葉ともリンクします。 あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。 そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、 世界によって自分が変えられないようにするためである ムヒカ前大統領は自らの敷地に農業学校を開き、若者たちに花の栽培などを教えています。 そして本当のリーダーについて以下のように述べています。 私がいなくなったときに、他の人の運命を変えるような若い子たちが残るように貢献したいんだよ。 本当のリーダーとは、多くの事柄を成し遂げる人ではなく、自分をはるかに越えるような人材を残す人だと思うから ムヒカ前大統領は種を蒔き、花を育てるように次の世代への教育を行っているのかもしれません。 80歳になった自分だけではできなかったことを多くの次世代の子供たちが受け継ぎ、花開かせていく可能性に全身全霊を掛けているとも言えそうです。 【2016年4月12日追記】 来日したムヒカ前大統領のスピーチや言葉をまとめた記事を掲載しました。

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作品紹介・あらすじ 2012年、ブラジルのリオデジャネイロで国際会議が開かれました。 環境が悪化した地球の未来について、話し合うためでした。 世界中から集まった各国の代表者は、順番に意見をのべていきました。 しかし、これといった名案は出ません。 そんな会議も終わりに近づき、南米の国ウルグアイの番がやってきました。 演説の壇上に立ったムヒカ大統領。 質素な背広にネクタイなしのシャツすがたです。 そう、かれは世界でいちばん貧しい大統領なのです。 給料の大半を貧しい人のために寄付し、大統領の公邸には住まず、町からはなれた農場で奥さんとくらしています。 花や野菜を作り、運転手つきの立派な車に乗るかわりに古びた愛車を自分で運転して、大統領の仕事に向かいます。 身なりをかまうことなく働くムヒカ大統領を、ウルグアイの人びとは親しみをこめて「ペペ」とよんでいます。 さて、ムヒカ大統領の演説が始まりました。 会場の人たちは、小国の話にそれほど関心をいだいてはいないようでした。 しかし演説が終わったとき、大きな拍手がわきおこったのです。 資本主義がグローバル化して地球上のすみずみまで物質的な豊かさを行き渡らせている。 土地を開発してビルを建て、電車や車を走らせる。 そのために必要な資源をどんどん掘り出している。 必要な電気は石炭をどんどん掘り出してどんどん燃やして作っている。 石油の埋蔵量が心配になると、オイルサンドからオイルを取り出す方法を考えた。 よし、当分大丈夫だ。 最近になって、なんか間違ってる、こんな事がいつまでも続く訳がない、と考えたり、言ったりする人が増えてきたように思う。 この本は、2012年の国連持続可能な開発会議で行われたウルグアイのムヒカ大統領の演説を絵本に書き起こしたもの。 「持続可能な開発」のために我々はどうすればよいのか?に対するムヒカ大統領の考えが語られている。 「わたしたちは発展するためにこの世に生まれてきたのではありません。 この惑星に、幸せになろうと思って生まれてきたのです。 」 「水不足や環境の悪化が、いまある危機の原因ではないのです。 ほんとうの原因は、わたしたちがめざしてきた幸せの中身にあるのです。 見直さなくてはならないのは、わたしたち自身の生き方なのです。 」 成熟した状態になるには、やんちゃな「爆買い」状態を通過・経験する必要があるようにも思う。 先進国だけがいい思い(物質的に豊かな社会)を経験して、その他は「幸せを見直せ」と言われても、万人から納得を得るのは難しいよな、たぶん。 でも、「もの」を追い求める事は幸せにはつながらないよ、というムヒカ大統領の言葉はシンプルに心に響く。 >2012年、ブラジルのリオデジャネイロで開かれた国際会議。 南米のウルグアイのムヒカ大統領はのちに世界の人々から絶賛されるスピーチをのこします。 この絵本はその全容を紹介するものです。 小学校中学年~ ウルグアイのムヒカ大統領のスピーチについて初めて知りました。 演説は子ども向けに意訳しているとのことですが、素晴らしかったです。 こうやって絵本の形で世界に広がっていくことはとてもいいことだと思います。 世界をおそっているのは、じつは欲深さの妖怪であること・・・これは私自身も含め反省し、少しずつでも生き方を考え直さないといけないと思いました。 >社会が発展することが、幸福をそこなうものであってはなりません。 発展とは、人間の幸せの味方でなくてはならないのです。 >なぜなら、幸せこそがもっとも大切な宝だからです。 人類が幸福であってこそ、よりよい生活ができるのです。 本当にそうだと思う言葉ばかりでした。 本文が始まる前に外出前の大統領の様子が漫画風に描かれていますが、ほのぼのしていてよかったです。 一貧一富、乃知交態。 一貴一賎、交情乃見。 2 20160312 09:43:53) 悪夢の世代 ~ 最初の掛金と、最後の受給額の比が数百倍! ~ 貧者士之常 ~ 越後長岡藩訓 ~ (20160406).

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絵本「世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ」でムヒカ大統領の人柄にふれる

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経歴 [ ] ムヒカの祖先はヨーロッパにあるの・ ()出身であり 、1742年にウルグアイに渡った。 ムヒカは1935年にウルグアイの首都の貧困家庭に生まれた。 卒業後は家畜の世話や花売りなどで家計を助けながらも、1960年代に入って極左都市ゲリラ組織に加入、ゲリラ活動に従事する。 ツパマロスと治安組織の抗争の激化、や職人組合の政治経済への反発といった時代のもと数々の襲撃、誘拐にたずさわる中で、ムヒカは6発の銃弾を受け、4度の逮捕(そのうち2回は)を経験する。 1972年に逮捕された際には、が終わるまで13年近く収監されており、軍事政権側の人質として扱われていた。 他の「人質」としては、のちに上院議員となるや、ツパマロスの創設者などがいる。 ムヒカは出所後、ゲリラ仲間とを結成し1995年の下院議員選挙で初当選を果たす。 2005年にウルグアイ東方共和国初の左派政権となるの大統領の下で農牧水産相として初入閣。 そして2009年度の大統領選挙戦で、元大統領であるの公認候補を決選投票で破り勝利した。 大統領退任後のからにかけて日本を訪問し、にはで講演を行った。 政策 [ ]• の大統領のような極端な左派になるのではと懸念があったが、大統領選挙戦ではの前大統領のような路線を基調としてを批判し、反政策をとった。 や、妊娠初期のを合法化した。 人物 [ ]• 妻は元マンボロスの ()上院議員で、読書家で愛読書はの『』。 趣味は花の栽培である。 ムヒカの個人資産は、(ビートル)とトラクター、農地、自宅のみで、大統領公邸には住まずに、首都郊外の質素な住居に暮している。 園芸が趣味という [ ]。 の放送の『』拡大スペシャルでのでは、少年時代に近くに住む日本人()のの手伝いをし、のを学んだことを紹介し、「実は家の近所に10軒か15軒ぐらいの日本人家族がいてね。 みんな花を栽培していたんだ。 幼い私も育て方を教わり、家計を助けたよ。 彼らはすごい働き者でね。 昔ながらの日本人だった。 の思考で狭い土地に多くのものを耕していたんだ」「ここには日本のが来ていてね。 日本人技術者が大勢働いていたんだ。 その子どもたちはここで成長し、で学校へ通い、ここでサッカーを覚えたんだ。 ある日、日本人の子どもが試合に出ていてね。 激しいプレーで頭をけがして血を流してた。 ついにはコートから出された。 その子は泣いていたよ。 でも傷が痛いからじゃない。 最後までプレーできないことが悔しくて、名誉心で泣いていたんだ」と日本について述べた。 ムヒカの愛車である1987年製(2014年現在の価値は2800ドル(約32万円))をアラブの富豪から100万ドル(約1億1600万円)で買い取る事を打診された際、地元のラジオ番組で「友人たちから貰った物だから、売れば友人たちを傷つけることになるでしょう」と、これを拒否する発言をした。 大統領や国会議員としての報酬や寄付をもとにを設立し、子どもたちに農業を教える取り組みをしている。 大統領や国会議員の公務ではを締めなかった。 大統領在任中、ある政府の会議で他の出席者はにネクタイをしているのに対し、ムヒカはノーネクタイで出席していた。 ムヒカはネクタイを締めることは政治家の口を締めることであり、ネクタイは現代文明のの道具と考えていた [ ]。 そのスピーチが話題となり、ノーベル平和賞の候補にもなった。 また、スピーチを子供向けに紹介した絵本「世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ」(汐文社)が、日本でも出版された。 2013年4月4日、ムヒカはの大統領に対して「片方の目が見えない男より、あのばあさんの方がひどい」「ばあさんは頑固だ」と発言し、問題になった。 2019年のでの騒乱の際、5月1日に、政府側による鎮圧のために装甲車がデモ隊に突っ込み、轢かれた人々の映像が配信されている。 この映像についてムヒカは「戦車の前に立ってはいけない」とコメントしている。 備考 [ ] 2016年4月28日号では現地の男性の話として、派手なパフォーマンスが好きなだけである、バラマキ政策だと野党から批判されているなどと報じている。 脚注 [ ] []• 2015年10月18日. の2017年4月29日時点におけるアーカイブ。 例えば、スペイン二大紙の報道では , , 2013年4月4日 (スペイン語) あるいは , , 2013年4月4日 (スペイン語)• com. 2019年5月1日. 2019年5月4日閲覧。 2018年3月19日閲覧。 ウィキメディア・コモンズには、 に関連するメディアがあります。 先代: 2010年 - 2015年 次代: この項目は、に関連した です。

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