クリムト。 アール・ヌーヴォーとクリムト-世紀末ヨーロッパと現代日本社会 新時代の幕開け-

クリムトの作品一覧:MuseumAnote

クリムト

Contents• グスタフ・クリムトはここがすごい! 世紀末という時代背景から、「性」や「死」になどを表現する内面的で退廃的なアート クリムトの作品を目の前にすると、多くの人はこのように感じるのではないでしょうか。 クリムトの作品にこのようなたくさんの要素が込められているのは、彼の生きた時代と、影響を受けた美術に大きく関係しています。 クリムトが活躍したのは19世紀末から20世紀初期のウィーンでした。 当時どのような時代背景かというと、「世紀末」という言葉に象徴されます。 我々も20世紀から21世紀への移り変わりを経験しましたが、このように科学が進歩した現代ですら、世紀が変わるというのは何かしら大きな興奮と同時に不安も覚えませんでしたか?それは19世紀末を生きた彼らも同じでした。 不安というのはしばしば人間を内向的にしたり、現実逃避させたりするもので、ヨーロッパではそれまで目の前に存在するモチーフに目を向けていた印象主義とは別の動きが生まれます。 それが19世紀中頃〜末にかけて、人間の内面性や幻想的な神秘的題材などを表現する象徴主義でした。 また、クリムトの活躍と同時代に、美術界とデザイン界にとって歴史的な運動となるアールヌーヴォーも起こっています。 クリムトはそれらの影響を大きく受けながら、絵画におけるデザイン的要素を切り開いたと言われるウィーン分離派を結成しています。 クリムトの代表的な絵画には、写実的な人体と、まるでデザインされた模様のような平面的な要素が混在します。 それらは多くの具象画に見られる奥行きや遠近感を持たず、観る者に不思議な感覚を覚えさせます。 こういった彼の作品は、「風景画」「肖像画」「抽象画」などというように一言で言い表せないのが魅力であり、その後現在まで続く美術の革新や多様性を予感させているのです。 クリムトに影響を与えたのはそれまでのヨーロッパ美術だけではなく、実は我々にとっても身近なものから影響を受けたと言われています。 それが、桃山時代に花開き、江戸時代まで続いた日本美術の「琳派」です。 美術史に詳しくない人でも、尾形光琳の「燕子花図屏風 かきつばたずびょうぶ 」は美術の教科書などで必ず一度は目にしたことがあるでしょう。 クリムトの特徴である、金色を多用した色彩、様式美すら感じさせる構図や画面内の人々のポーズや、装飾的で余白を効果的に使う作風などに、ジャポニズム様式への強い関心が感じられます。 最初にも触れましたがクリムトが活躍した時代には、世紀末という時代背景から、「性」や「死」になどを表現する内面的で退廃的な要素を含んだ美術作品が多く出現しました。 クリムトの作品も、男女の愛や性行為を連想させる官能的な表現が有名です。 むしろ露骨ではなく連想にとどめるぐらいの表現で描いたことが、余計に観る側の想像をかきたてるのには効果的なのかもしれません。 一見、その明るい色彩と官能的な表現が印象的ではありますが、死や滅びを連想させる不吉なモチーフが同時に描かれていることが多く、装飾美に終わらないその象徴的な作風が人気を呼びました。 しかしやがてその人気に翳りが見えた時には、それまでの色彩や装飾的な作風を捨て、新たな表現への研究を怠らなかったといいます。 実はクリムトの生前写真は残っています。 見たことのない人はインターネットなどで検索すると簡単に見ることが出来ます。 その華やかで優美な作品からはまず想像できない風貌に驚くかもしれません。 クリムトは多くの女性をモデルに描き、子どもをもうけるまでの親密な関係を築きながらも、生涯結婚することはありませんでした。 文:柑橘温泉 若い女性にも人気 グスタフ・クリムトの魅力 グスタフ・クリムトは帝政オーストリアの画家で、有名な作品では「接吻」などがあります。 彼の作品は非常に装飾的できらびやかで、また官能的でエロスを含んでいます。 しかしその一方で「死」を感じる描写も多く、その両面をもった作品が彼の魅力と言えます。 作品には金箔を多く用い、華やかで女性的な美しい作品に仕上げています。 彼の画家人生の中で金箔を多く用いて作品を制作していた時代を「黄金の時代」と言っています。 代表作の「接吻」などは、現代でも大変人気があり、また若い女性にも非常に受けが良いため、様々なグッズ(スマホケースやファイルの表紙等)にも 彼の作品が印刷され、未だに多くの人に愛されています。 彼の作品の魅了はきらびやかな画面作りだけではなく、艶かしいほどの人物デッサンにもあります。 背景や洋服の柄等を平面的で装飾的に描く事が多いのですが、一方で人物の輪郭線や肌の質感等は実にリアルで、 そのギャップがよりいっそう作品の魅力を引き出しています。 若い女性から子供、また年老いた老婆まで様々な人物を作品の中に登場させ、生と死をとことん追求しリアルに描き上げる事こそが、彼の作品の真骨頂です。 一見するとお洒落で可愛い作品なのですが、作品に込められた思いは想像以上に深く重い物である事が分かった時に、作品の魅力がより一層感じられるでしょう。 文:ゆずこ 女性を通して生と死を表現した作家 クリムトの作品には、女性をモチーフにしたものが数多くあります。 その作品に描かれている女性のほとんどが裸体であったり、官能的要素を含んでいたり、あるいは妊婦であったりしました。 当時の帝政オーストリアにおいて、官能的な表現方法や、妊婦を描くことは、タブーとされていたので、クリムトは非常に革新的な作家であったと言えます。 女性の裸体を官能的に描く事によって、生きることの美しさと、その中にも死への物悲しさを表現しています。 官能的で生々しい表現方法と、美しい色彩で描かれた風景とが溶け合っているような独特のタッチの作品は、現在でも多くのファンの心を捉えて離しません。 神話の中の女神や、ファム・ファタルなど、女性に対する理想や幻想も、クリムトの作品の中にはモチーフとして多く扱われています。 豊かな色彩と、神秘的な雰囲気が特徴的な作品ですが、そのどれもが、どこか物悲しさが漂う不思議な魅力を放っています。 クリムト自身も数多くの女性との関係があったとされる人物であるので、女性を描くことによって、自分自身の表現したいもの全てを投影させていたのかもしれません。 クリムトは、官能的で美しい女性を描くことによって、生と死の全てを表現した作家であると思います。 文:あやぱみゅ 金箔の華やかさの中で抑制されたエロス グスタフ・クリムトは19世紀末から20世紀初頭にオーストリアで活躍した画家です。 有名なのは、例えば「接吻」という絵画、こちら側に後頭部を向けた男性がうっとりした表情の女性に口づけているのですが、花の咲いた草原にひざまずく二人の体は、金箔を使って表現された衣装で溶け合うようにくっついており、エロスと共に装飾的な美しさが感じられます。 聖書にある、攻めてきた敵の王の首を取った女性を題材にした「ユディト」ではうっとりとした表情の上半身を露出した女の姿が描かれ、あたかもこの殺人に官能的な喜びを感じているかのような印象を与えます。 ここでは、同じ題材を描いた他の画家の作品とは全く別の解釈が行われていることがわかります。 クリムトの作品はこのような官能的な女性の表情が一つの魅力であると同時に、金箔を多用した華やかな画面が特徴です。 日本の琳派に影響を受けたといわれていますが、日本のそれとは違い、クリムトの金箔は官能の輝きを表すとともに、画面全体に抑制を与えています。 人物の肉体や表情は生々しく、エロスを感じさせますが、それを金箔の背景で囲むことで、全体が現実味を失い、物語の中の出来事であるかのようなイメージを作ります。 見る人はエロスを安心して受け取ることができる、そこがクリムトの一つの魅力と言えるでしょう。 文:なおたか 目で感じる贅沢、クリムトの絵画 クリムトは1862年、ウィーン郊外バウムガルテンに生まれた。 画家として有名になる以前は劇場装飾を中心とした仕事をしていました。 クリムトの絵画でとくに有名な絵画、『接吻』は日本でもデザインやモチーフとなっていることが多い作品だと思います。 1度は見たことがあるのではないでしょうか。 クリムトの絵画はなんといっても金箔などを使用した華やかな画面、鮮やかな色彩が独特で豊かであり見ているものをなんとも贅沢で満たされた気持ちにさせられます。 長年ファム・ファタールをテーマに、女性をモチーフとした絵画を数多く描いています。 またほのかに物語る死や人間のおぞましさや弱さ、そんな部分を独自の構図や色彩で表現しています。 装飾の仕事をしていたということもあり、絵画的表現はもちろんのこと、デザイン性に関しても十分にあり、今現在のデザインにも通ずるカリスマ的な装飾的な絵柄も特徴的です。 複雑な描写や模様、金箔にまとわれた煌びやかに画面のなかにぼんやりと佇む女性や人物の形、肌の色、シンプルながら人体を描く独特のデフォルメされた美しと構図の取り方はクリムトの人間に対する考え方、世界に対する思いが後世にも残っている理由であると思います。 文:はち グスタフ・クリムトの作品紹介 「ユディト I」クリムトの描く美しい女性像 クリムトの代表作の一つ「ユディト I」 旧約外典のユディト記に記された美しい女ユディトの姿です。 特徴的なのは英雄的で強さを表す女性像ではなく、薄く開いた口元と挑発的な視線、衣服から透ける裸体は妖艶さを感じ取れます。 また写真では分かり辛いのですが、実物は驚くほどのタッチの細かさと多数の色彩によってユディトを描いており、女性の美しさと神秘性は見る者を圧倒させます。 この作品のほかにも女性の美しさや老い、そして死を暗示するような作品を残しており、見所が多い画家であることは間違いないでしょう。 文:sugiya 恋人と過ごす幸せな時間に描かれた現代芸術のカテドラル「樹々の下の薔薇」 無数の細かいタッチによって描かれた風景画。 明るい日差しが感じられる鮮やかな緑。 木にはオレンジの実がなり、木の下には白やピンクのバラ。 印象派の作品のようですが、グスタフ・クリムトの作品なんです。 クリムトといえば、黄金色の豪華で装飾的な女性像のイメージが強いので、少し意外ですよね。 この作品「樹々の下の薔薇」は、クリムトが避暑に訪れたオーストリアのアッター湖畔で描かれました。 クリムトは、1892年より毎夏をこの地で過ごしていました。 クリムトの恋人エミリー・フレーゲの別荘がこの地にあったのです。 美しい自然に囲まれ、恋人と過ごす夏。 そんな幸せな時間だからこそ、優しく穏やかな作品が描けたのかもしれませんね。 クリムトは、1900年ごろから新たな表現を求めて試行錯誤していました。 その中で、地平線を高い位置に置き、画面全体を細かなタッチで埋めつくす独自の表現方法を生み出しました。 この「樹々の下の薔薇」は制作時期が不明なのですが、そうした表現が見られるため、1905年ごろに描かれたのではないかと想像されています。 色鮮やかなタッチで埋め尽くされた画面は、まるでタペストリーのようです。 主題であるバラも、背景の木々や草むらも、装飾的に表現されています。 詩人ペーター・アルデンベルフはこの作品を「現代芸術のカテドラル(大聖堂)」と賞しました。 文:sophia クリムトのダナエは魅惑的で非常に美しい作品です。 『ダナエ』 全裸の女性が目を瞑りながら横たわっているように見えるクリムトのダナエを初めて本で見た時、他の絵画には無い魅力をすぐに直感で感じました。 この直感はどこからきているのか最初は自分でもよく分かりませんでした。 よく分からなかったのですが、この「ダナエ」が自分と同じく多くの人を魅了したのだろうなという事はすぐに分かりました。 それほどのパワーをこの絵からは感じる事ができます。 このクリムトの「ダナエ」は1907年から約1年かけてオーストリアの偉大な画家であるグスタフ・クリムトによって描かれました。 テーマはギリシャ神話に出て来るダナエです。 現在はウィーンのギャラリーで保存されてます。 解説を見てみると、ダナエの足の間にある黄金で流れているものはギリシャ神話のゼウスが姿を変えたもので、周りが四角いもので覆われているのは幽閉されていることを示しているそうです。 幽閉されているダナエを愛していたゼウスは、どうしても彼女に逢いたくて姿を変えてあらわれます。 ゼウスほどの神様にこれほど愛されているこのダナエは、閉されているとはいえ何て幸せなのだろうと私は思います。 この幸福感がダナエから感じられるのが私がこの絵に直感で惹かれた理由だと後で分かりました。 官能的で魅惑的なこの「ダナエ」が私は大好きです。 文:るるるるん クリムトの「接吻」は、見ていると切なくなる絵画です。 『接吻』 クリムトの絵画の中で一番と言っても過言ではないほど有名な作品が「接吻」です。 この絵画には、接吻をしている男性と接吻をされている幸せそうな女性の二人が描かれています。 ですが、どことなく切なさも感じさせており、この後の二人はこれからどうなるんだろうと続きの物語がとても気になる絵画です。 「接吻」で女性に接吻をしている男性は、クリムト自身だと言われています。 そして、幸の絶頂にあるという表情をしている女性は、クリムトの一番の愛人と言われたエミーリエ・フレーゲの可能性が高いです。 この絵画に描かれているのがこの二人なら、この絵画は男性の死で終わり、女性は死ぬまで独身を貫くという悲劇で終わるという事になってしまいます。 絵画のいいところは、自分で好きなストーリーを色々と想像する事ができる事だと思います。 ですので「接吻」の二人がこれからどうなるのかを想像するのは自由です。 確かに、この絵画はこれからの悲劇が容易に想像できるように描かれています。 ですが、それをそのまま受け止めるのか、この二人はその悲劇を乗り越えてハッピーエンドを迎える事ができたと思うのかを決めるのは自分自身です。 私は幸せになって欲しいと思うので、現実とは違う、幸せな道を歩む事ができた二人を想像しています。 印象に残る、大好きな絵画です。 文:るるるるん グスタフ・クリムトの関連書籍.

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展示作品|【公式】クリムト展 ウィーンと日本1900

クリムト

クリムト作品から着想を得たオリジナルネイルシール 19世紀末ウィーンを代表する画家、グスタフ・クリムト。 その装飾性豊かな作品の魅力を、MEDE19Fのスタイルとともに楽しめるネイルシールを企画しました。 「黄金様式」時代の作品を中心にイメージを広げ、オリジナルデザインを提案してくれたのは、ネイリスト大森莉紗さん。 大森さんが得意とするのは、極細の筆で名作絵画などのモチーフを描く、それはそれは緻密で美しいアート。 なかなか気軽にとはいかないけれど、「シールなら、たくさんの人に気軽に楽しんでもらえてうれしい」と大森さん。 「MEDE19Fのスタイルに合うように」と描き下ろしてくれたデザインを、ジェルネイルのような厚みのあるシールにプリントしているので、きれいに貼るのも簡単。 クリムトネイルで指先を飾ったら、さっそく街へおしゃれして出かけたくなりそうです。 4cm、横約1. 3cm 最小シール:縦約0. 8cm、横約0. (全種類届くと、以降はストップします)1回だけのお申し込みも可能です。 こちらの商品はW便、追加便からのご注文を見合わせていただいております。 通常の定期便でご注文ください。 For overseas customers, please visit " " site.

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グスタフ・クリムト

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グスタフ・クリムト Gustav Klimt 1862-1918 オーストリア 象徴主義・ウィーン分離派 19世紀末から20世紀かけて活躍したユーゲントシュティール(象徴主義)を代表するゼツェッション(ウィーン分離派)の画家。 黄金色を多用した豪華で装飾的な画面構成と明確な輪郭線を用いた対象描写、平面的な空間表現などと、人物の顔や身体での写実的描写を混合させた独自の絵画表現で19世紀末の美術界を席巻し一世を風靡。 晩年期には最も様式的特徴であった黄金色の使用を捨て、色彩に新たな活路を見出した。 また世紀末独特の退廃・生死・淫靡的要素を顕著に感じさせる作風も画家の大きな特徴である。 なお画家が数多く手がけた風景画には印象主義(筆触分割)や点描表現の影響も示されている。 1862年7月14日に貴金属彫金師であった父エルンスト・クリムトと母アンネ・フィンスターの第2子として生を受ける。 14歳で奨学金を受け、ウィーン美術工芸学校に入学、在学中に父と同名の弟エルンスト、友人フランツ・マッチュと共に美術史館中庭部分の壁画制作に携わり、1883年、3人でウィーン芸術家協会(芸術商会、芸術カンパニー)を設立し、トゥラーニ宮天井画用寓意画やウィーン美術史館の階段ホール内装など数々の装飾的壁画を制作。 1897年、伝統主義者や保守的な人々へ反発心を抱いた当時の芸術家らによってゼツェッション(ウィーン分離派)を創設、同派の会長に任命される。 しかし、その後マティスに始まるフォービズム(野獣派)や、そしてなどの台頭によって、人気に陰りが見せ始めると、色彩に新たな道を求め、スラブ的な民族美術や中国趣味など東洋的表現を取り入れながら自身の様式を変化させた。 1918年初頭に脳卒中を発症し半身不随となり、その三週間後にスペイン風邪(急性インフルエンザ)を患ったことによって死去。 享年56歳。 ウィーン分離派の巨匠グスタフ・クリムトの芸術商会(芸術カンパニー)時代を代表する作品のひとつ『牧歌』。 画面中央のトンド(円形)には優美な裸体で描かれるミューズが鳥の巣を手に取り、その中の卵を2人の子供に見せている。 この牧歌的で生命的息吹を感じさせる表現も特筆に値する出来栄えであるが、本作では何と言っても画面の左右に配される裸体の羊飼いの隆々とした肉体的表現に注目したい。 筋肉のひとつひとつまで克明に描写される羊飼いらの肉体の人間味に溢れた逞しい表現は、あたかもの彫刻を思わせるほど迫真性に満ちている。 そして、その中で男性の裸体から微かに匂い立つエロティックな官能性や神秘性は、後にクリムトが辿り着く独自の象徴的絵画表現を予感させる。 この点において本作は、画家の象徴主義への萌芽的作品のひとつに位置付けられている。 19世紀末に活躍した象徴主義の画家グスタフ・クリムト成熟期の代表作『愛』。 世紀末的な画題や表現が席巻した1890年代後半(1895年)に制作された画家の作品の中でも代表的作例としても知られている本作は、若い一組の男女が、やや鬱蒼とした園の中で今まさに口づけを交わそうとする姿を描いた作品である。 非常に甘くロマンティックな雰囲気の場面描写、悲愴的でありながら目の前の相手のみに意識を集中させる運命的な表情は、二人のただならぬ内密的な関係を予感させ、観る者にその後の(悲劇的な)成り行きを想像させるほか、この二人の関係性にはファム・ファタル(運命の女)的思想も感じられる。 また叙情性や幻想的を如実に感じさせる色彩描写や初期の画家にも通じる繊細な写実的描写も特筆に値するものである。 画面の左右には金地の上に桃色の薔薇が左右非対称に描かれており、この余白を活かした装飾的な薔薇の表現は明らかにクリムトのジャポニズム(日本趣味)様式の取り入れを示すもので、このジャポニズムの影響は、時代にロンドンやパリで活躍したアメリカ出身の画家を介したとも推測されている。 なお本作には対となる作品が存在する。 関連: 19世紀末に誕生した象徴主義の画家グスタフ・クリムトが手がけた代表作『パラス・アテネ』。 女神アテネ(アテナ)は、王座を奪われることを恐れた主神ユピテルが、アテネを身篭った最初の妻を呑み込んで亡き者としたものの、火神ウルカヌスによって主神ユピテルが斧で頭を叩き割られ、その傷口から武装した姿で雄叫びをあげながら生まれ出でたとされ、本作に描かれるアテネの姿は、その神話的逸話をまざまざと感じさせるほど恐々しく威厳に満ちており、女神としての聖性を感じさせると共に、狂気的で悪魔的な性格も顔を覗かせている。 女神アテネの真正面を向き厳しい眼差しを向ける表情の表現にはクリムトも高く評価していたベルギー象徴派の画家フェルナン・クノップフの影響が指摘されているほか、クリムトらが伝統主義者(キュンストラーハウス)らと断絶し、結成したゼツェッション(ウィーン分離派)の象徴的作品となった本作のパラス・アテネが身に着ける黄金の甲冑の胸部に描かれる、舌を出した(見た者を石にするという逸話でも知られる)ゴルゴンは、ゼツェッションへの理解を示さない保守的な伝統主義者たちへの侮蔑・挑戦と解釈されている。 画面背後にはギリシャの壷絵から借用した文様が描かれており、女神アテネが黄金の槍を持つ左腕部分に描かれる梟(フクロウ)はアテネの象徴であるほか、その上に配された格闘するヘラクレスの姿は伝統と対峙し争う分離派を意味するとされている。 また女神が右手に持つ勝利の女神ニケ像の姿は、翌年に画家が手がけた傑作『』の裸婦像を予感させる。 その他にも妖艶な官能性や金色を多用した豊かな装飾性、平面的表現と写実的表現が混在した分離派好みであるクリムト独自の画面展開・構成など注目すべき点は多い。 ウィーン分離派の巨匠グスタフ・クリムトが19世紀中に手がけた作品の中で随一の傑作として知られる代表作『ヌーダ・ヴェリタス(裸の真実)』。 本作に描かれるのは、真実を映す水晶(又は鏡)を手にする裸体の女性であるが、露骨に裸体を表現したことで公開当時、保守的な人々や伝統主義者らから大批判を浴びた(ただし賛美者も少なくなかった)。 本作に描かれる裸体の女性の解釈については、一般的に画家が探求する芸術の真実の擬人化とする説が採用されているが、画面下部に蒲公英(タンポポ)が描かれていることから、新たに芽吹いた芸術である分離派の聖なる春を象徴する女神ヴィーナスとする説など諸説唱えられている。 とはいえ、この蛇が本作に官能性を付与しているのは明らかであり、その左右に配された、やや抽象的かつ精子を思わせるような2本の蒲公英と共に、本作の幻想性をより豊かなものとしている。 また画面上部にはドイツ古典派を代表する詩人であり、ベートーヴェンの交響曲第9番第4楽章に歌詞として用いられた詩『歓喜に寄す』の作者としても著名なフリードリヒ・クリストフ・フォン・シラーによる警句「汝の行いと芸術で多くの人の心に喜びを満たせないならば、少なき人の真の喜びのためにそれを成せ。 多くの心にそれが叶うのは悪しきことだ。 」が記されており、大勢に認められ、喜ばれるような大衆性を求めず、真に芸術を理解する少数の者へ向けて発信される、分離派の芸術的方向性を代弁しているとされている。 なおウィーン市立歴史美術館に本作の最終的な習作(素描)『』が所蔵されている。 関連: ウィーン分離派を代表する画家グスタフ・クリムトの傑作『ユディト I(ユーディットとホロフェルネス I)』。 薄く唇をあけ、白い歯を見せるユディトは恍惚とも怠惰とも解釈できる不可思議な表情を浮かべ、その視線はあたかも観る者を淫靡に挑発しているかのようである。 また金色で装飾されたユディトの身に着ける薄透の衣服や、そこから微かに見える右乳房などは、観る者に対して直接的に肌を露出し表現するよりも、よりエロティックな妄想や官能性を掻き立てる効果を生み出している。 さらに古代アッシリアのレリーフの断片に着想が得られている背景の、黄金と黒色による豪奢で平面的な画面構成や色彩表現は、ユディトの美しい肌と見事に対比している。 本作に描かれるユディトのモデルについては、裕福な銀行家兼企業家フェルディナント・バウアーの妻アデーレ・ブロッホ=バウアーと考えられており、一部の研究者たちからは一時的に画家と愛人関係にあったとする説も唱えられている(クリムトは後にを二点手がけている)。 なお画家は数年後(1909年)に、同主題の作品『』を制作している。 第14回分離派展は、分離派の画家たちと交友のあった世紀末ドイツの芸術家マックス・クリンガーが制作したベートーヴェン像を中心に、楽聖ベートーヴェンを称え称賛するために企画され開催された展示会で、クリムトは同展において交響曲第9番を絵画化した大壁画『ベートーヴェン・フリーズ』として楽聖に対し敬意を表した。 公開当時、批評家や新聞・雑誌から「卑猥で醜悪」と多くの批判を受けたものの、本作にはクリムトが探求した理想美の到達点が示されている。 取り壊す予定であったにも係わらず高価な金泥を用い、装飾性・詩情性豊かに描写される本場面の、美への至上の喜びとも解釈できる独特の繊細かつ豪壮な表現様式は、クリムトの美的世界の到達点であり、愛と感動に満ち溢れている。 なお『』はクリムトの初期作『』から姿態が引用されている。 関連: 関連: 関連: オーストリア最大の画家のひとりグスタフ・クリムトの母性を感じさせる代表作『希望 I』。 本作に描かれるのは赤毛の髪を翻し、こちらを向く裸体の妊婦の姿で、制作された1903年の分離派展へと出品が予定されていたものの、このあまりにも直接的な妊婦の、しかも裸体での表現ゆえに大きな物議を醸し、検閲官からは「卑猥である」と拒絶されたことでも知られている。 本作は画家のお気に入りのモデルであったヘルマが妊娠し、妊娠中はクリムトの期待には応えられないと画家のモデルの依頼に関して断りを入れるも、クリムトが無理を言って説得し、ヘルマも了承。 画面右側にほぼ全身像で描かれる裸体の妊婦は胸に手を置き、本作を観る者へと視線を向けている。 その姿は異様で、極端に腹部が出たその妊婦の姿の解釈については、画家自身が「彼女も、そして彼女が見るものも全てが醜悪である。 彼女はそれを訴えているのだ。 」という言葉も残している。 また本作の表現を考察しても、右側へ配される妊婦の白い肌と、左側の巨大な鯰(ナマズ)やオタマジャクシ(又は精子の暗喩)を思わせる黒い生物、画面下部の抽象的な青色と赤色など明暗的・色彩的対比、そして画面全体の平面的な装飾構成は特筆に値する出来栄えである。 なおクリムトは1907-08年に同主題の作品『』を制作している。 関連: ウィーン分離派の巨匠グスタフ・クリムトの重要な作品のひとつ『人生の三段階(女の生の三段階、人生の三世代)』。 本作では女性の人生の3段階が描かれており、若年期を表す若く美しい女が、幼少期の女の子供を抱き、その背後に老年期となる醜く老いた老婆が配されている。 若年期と幼年期の2者は瞳を閉じ、穏やかな表情を浮かべながら互いを慈しむように抱き合っている。 また両者の下半身は薄く透けた緑色の布に包まれ、さらに鮮やかな青色と黄色によって華やかに装飾されている。 これらは若年期と幼年期の輝く若さと純潔性、そして未来への喜びを意味している。 この老婆の姿は19世紀最大の彫刻家であり、クリムトも尊敬の念を抱いていたオーギュスト・ロダンの彫刻『昔は美しかった兜鍛冶の女(老いた娼婦)』から着想が得られている。 本作の背景の豪奢で平面性が際立つ表現も見事であるが、画面上部の黒色で塗られた暗部的表現は、金色使用による華麗で装飾的な表現から離れた画家の晩年期の作風を予期させる点でより重要視されている。 ゼツェッション(ウィーン分離派)の巨匠グスタフ・クリムトの代表的な肖像画作品のひとつ『フリッツァ・リードラーの肖像』。 本作で最も特徴的なのは、写実的に描写されるフリッツァ・リードラーの顔と、それとは全く対照的な、平面的・抽象的描写によって表現される背景や装飾具、家具などの対比にある。 裕福なブルジョワ階級らしく気品に溢れたフリッツァ・リードラーの顔は、古典的な自然主義的な写実によって描写されているものの、その頭部の極めて独創的な装飾的表現はウィーン美術史美術館に所蔵されているの大画家の『』や、エジプト美術からの影響が何度も指摘されている。 またフリッツァ・リードラーが座る椅子の孔雀の羽や生物の瞳を思わせる(やや奇怪な)抽象性や平面性、背後の数箇所に散りばめられた小さな四角形のモザイク文様の使用や、平坦な色面によって面化された表現などは、ウィーン分離派独自の様式の特徴を良く示している。 さらにフリッツァ・リードラーの顔の写実性と背後の装飾性との対比はもとより、画面左上の金色と背景の大部分を占める朱色、この朱色とフリッツァ・リードラーが身に着ける柔らかな白地の衣服、そしてこの単色的な白地の衣服と椅子の複雑な文様性など至る箇所での対比的表現も注目すべき点のひとつである。 関連: 分離派の大画家グスタフ・クリムトの現存する最もエロティックな作品のひとつ『ダナエ』。 ほぼ正方形の画面の中へ蹲るような姿態で描かれる本作のダナエの股間部に、まるで精子を思わせるような円と線、そして鉤状の形をした黄金の雨に姿を変えた主神ユピテルが流れ込んでおり、その情景はあたかも主神ユピテルによる愛するダナエへの愛撫を連想させる。 ダナエはユピテルの激しく至福的な愛撫を受け、頬は紅潮し恍惚の表情を浮かべている。 あまりの快楽ゆえなのだろうか、右手は胸部(乳房)へと置かれ、己の敏感になった感覚を掻き毟るかのように爪を立てている。 またダナエの姿態の大部分を占める大きな左大腿部で隠れてはいるが、ダナエの左手は性器へと向けられているかのようであり、古くから本作のダナエは自慰行為をおこなっているとの指摘がされている。 オーストリア最大の画家のひとりグスタフ・クリムトの母性を感じさせる代表作『希望 II』。 本作は1903年にクリムトが手がけた『』同様、妊婦の姿を描いた作品であるが、『』と比較し、より装飾的で、より平面化して表現されているのが大きな特徴である。 本作に描かれる妊婦の姿は、穏やかな表情を浮かべ、自身の身体に宿った小さな、しかし確実な生命を慈しむかのように俯きながら腹部へと視線が向けられている。 また妊婦の足下には複数の若い女性が描かれており、この解釈については諸説唱えられているが、一般的には妊婦に対する妊娠未経験(処女)者たちの願いや祈りとされている。 生命の神秘そのものを表現したかのような無限性を感じさせる、金色単色での背景の平面的で宇宙的な空間表現は、クリムトが高く評価していた、17-18世紀に京都や江戸で活躍した絵師を始めとした琳派の影響が指摘されている。 本作では『』に示されたようなあからさまな攻撃性や病的とも受け取れる表現は影を潜めており、その内包的で保身的な表現は一部の賛同者たちからは「伝統への回帰」と批判も受けた。 関連: ウィーン分離派最大の巨匠グスタフ・クリムトの類稀な代表作のひとつ『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I』。 本作中で写実的な描写が用いられた、やや頬が紅潮したアデーレの表情は寛いでいるようにも、緊張しているようにも見え、胸の前で組まれた両手と共に複雑な感情や性格を感じさせる。 一方、エジプト美術から着想が得られている三角形の目によって装飾されるアデーレの身に着けたドレスを始め、その上に羽織られる流々と広がった布衣、そしてアデーレの背後の大小様々な円形で構成される文様は、画面の中で一体となり心地よいリズムを刻んでいる。 この優れた装飾性こそ本作の最も注目すべき点であり、今なお観る者を魅了する。 またアデーレが座る椅子の渦巻模様(唐草模様)も画家が好んだ異国趣味の表れであるほか、画面下部に配された金色と対比する緑色は、色彩のアクセントとして有効的にその効果を発揮している。 なお本作はかつてナチスに没収され、戦後は国家所蔵の美術品としてオーストリア美術館に所蔵されていたものの、元の所有者であるフェルディナント・バウアーの姪マリア・アルトマンが所有権を訴えて裁判を起こし、勝訴。 2006年のオークションで競売にかけられ、化粧品会社エスティー・ローダー会長ロナルド・ローダー氏が当時、史上最高値となる1億3500万ドル 約160億円 で落札し、現在は同氏が所有するニューヨークのノイエ・ギャラリーで(永久貸出として)展示されている。 なおクリムトは1912年にもアデーレ・ブロッホ=バウアー氏の肖像画『』を制作している。 関連: ゼツェッション(ウィーン分離派)最大の画家グスタフ・クリムトが残した傑作『接吻』。 眩いばかりの黄金の中に溶け合う男と女は、非現実的でありながらも、極めて深い思想と官能性に満ちている。 また男女が立っている色彩豊かな花の咲く崖が、愛の絶頂期においても愛や幸せと疑心や不安が紙一重であることを示し、否が応にも見る者にその先に待つ悲劇を予感させる。 ウィーン分離派の最大の巨匠グスタフ・クリムト黄金様式の典型的な作品のひとつ『水蛇 I』。 画面上部に配される美しい黄金の頭髪を水中でたゆたわせる裸体の女は恍惚の表情を浮かべながら、同じく金髪の女性を胸に抱き寄せている。 抱き寄せられる金髪の女性は表情こそ見えないものの、明らかに薄くそして非常に細い(抱き寄せる)女性の胸を愛撫している様であり、観る者へ否が応にも官能的な印象を抱かせる。 そして両者の背後にはまるで文様のような鱗が特徴的な水蛇が女性たちの官能的な愛の世界と絡み合うかのように配されており、ある種の象徴的雰囲気を感じさせることに成功している。 さらに画面下部へは頭部が巨大化する古代的な魚と黄金色の水草、加えて様式化された蛸の足などが描き込まれており、水中の様子を強調させている。 本作で最も注目すべき点は2人の女性らの同性愛的抱擁表現と、その退廃的でエロティクな雰囲気を絶妙に隠蔽する装飾性の高い模様的描写にある。 特に女性2名の水中で揺らめく細い黄金の髪やそれと呼応するかのような水蛇の文様、そして同色の水草に示される単純化された形状による主題の象徴的表現は当時のクリムトの典型を明確に感じることができ、またその完成度も極めて高い。 なお本作に描き込まれる水蛇には画家の第14回分離派展出品作として知られるベートーヴェン・フリーズからの引用が認められる。 本作に描かれる大地に根を下ろした生命の樹は、太く雄弁な幹が示すよう、その(大地から吸い上げ)溢れ出す生命力を拡散させるかのように渦巻状の枝を四方へと伸ばしている。 また幹部分には『』や『』でも用いられた円形と三角形による装飾が施されており、この生命の樹の表情をより豊かなものとしている。 さらに枝には一匹の隼(又は鷹)が留まっており、画家が装飾のモチーフとして用いたエジプトの美術において、古代から図案化されていた天空と太陽の神ホルスとの関連性も指摘されている(本作に描かれる三角形の目もホルスの目を思わせる)。 このように本作は、クリムトが様々な形で表現してきた装飾様式の頂点を示すものであり、拡散する枝から感じられる生命の連鎖的永続性と共に、観る者に強く迫ってくる。 関連: 関連: 関連: 関連: 19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍した不世出の大画家グスタフ・クリムトの代表作『乙女(処女)』。 7人もの女性が複雑に絡み重なり合った、異様な光景が描かれる本作は、多種多様な美術様式が登場し、己の芸術が理解されず人気に陰りが見え、黄金を多用した豪華な表現を捨て、新たな表現を模索・探求したクリムト晩年期の様式を代表する作品である。 本作に描かれる楕円形の塊のような女性達の、現実と非現実の狭間に居るような夢想的・幻惑的な表情や、安堵感に満ちた穏健な眠りの表情、性的な快楽を感じさせる恍惚に満ちた表情などは、観る者に彼女らが同性愛的な傾向にあるような印象を与える(クリムトはレズビアンを題材に『』という作品を最晩年(1916-17年)に制作しているものの、この作品は1945年に焼失した)。 さらに空間的構成が全くおこなわれない平面的で宇宙的な背景の暗く沈んだ色彩と、乙女たちの身に着ける(又は縺れ巻き付く)様々な文様で図案化・装飾された衣服(布)の無秩序的な多様性を示す奔放な色彩との色彩的対比は、晩年期の画家の特徴を良く表している。 また漠然とした無限的な広がりを感じさせる空間の中を漂っているかのような乙女らの浮遊感は、まるで宇宙空間を永遠に彷徨う星雲群を思わせ、この乙女たちの未来の行く末に対する不安感を観る者に抱かせる。 関連: オーストリアで活動した大画家グスタフ・クリムト晩年の代表する作品のひとつ『死と生』。 またマティスに始まるフォービズム(野獣派)の画家たちや、そして若きなどの台頭によって、ウィーン総合芸術展での成功により得た名声に陰りが見え始めた画家が、自身が確立した金色を使用した豪華で装飾性豊かな表現様式を捨て、多色的な色彩表現に新たな道を見出した為に、元々は金色で描写されていた本作の背景は、後に人生の淵を思わせる藍緑色で塗り潰されている。 ウィーン分離派の最大の巨人グスタフ・クリムト最晩年の代表作のひとつ『アダムとエヴァ(アダムとイブ)』。 首を傾げ、まるで観る者へ媚びるかのような視線を向け、薄く口角を上げた艶かしく勝ち誇った表情を浮かべた最初の女性エヴァが、柔和ながら明確な光を浴び、脱力しながらゆったりと立っている。 その姿態は全体で緩いS字を描いており、豊満な身体の表現と共に、女性的な身体の曲線美を強調している。 一方、エヴァに寄り添うアダムの姿は、エヴァの姿で頭部と両肩・腕部分しか見えないものの、その表情は疲弊感と諦念感が漂っており、暗く沈んだ肌の色彩は、重々しい背景と同化しているかのようである。 エヴァの両手部分やアダムの右手部分などが示すよう、最晩年の代表作『』と同じく、未完の作品である本作の退廃的な雰囲気や妖艶な表現、太く明確な輪郭線によって描写されるエヴァの人体表現、あたかも死した肉体を思わせる蒼白色と黄色味を帯びた斑点が混在する肌の質感は、クリムト晩年の様式的特長を良く示している。 関連:.

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