コング 元帥。 コング(ゴーグルファイブ) (こんぐ)とは【ピクシブ百科事典】

コング(ONEPIECE) (こんぐ)とは【ピクシブ百科事典】

コング 元帥

概要 「〇〇コング、出動!」 が暗黒科学の力で作り出す巨大ロボットの総称。 の側面にある格納庫の壁が開き、両足の裏にあるブースターでの所まで飛行し、到達後に幹部(主に)の遠隔操作による「リフレッシュパワー光線」で蘇生したモズーがコクピットに転送される。 デストピアからの出撃の際、デスギラー将軍は 上記の台詞を叫ぶのがお約束となる(第47・48話ではが担当し、第5話と第47話~第49話では 「出動」が 「発進」に変わっている)。 コクピット内の天井から伸びている2本の操縦桿を動かして操縦を行い、そのコクピットは頭部にある(第22話のクジャクコングだけは胸部にコクピットがあるが、リフレッシュパワー光線は頭部から放射している)。 コクピット内では立って操縦しているように見えるが、席らしき物に座っている。 下半身は基本的に共通し、当初は脚部のデザインの異なる物が2種類あり、話数によって使い分けていたが、第8話以降はヒカリコングと同型の物に統一された。 当初はとが別々に設計と製造を行い、互いに戦わせた結果で勝利した方に出動許可を与えていたが、第4話ではザゾリア博士の開発したマンモスコングを共同で強化改造を施し、第5話以降は作戦を実行するモズーを元に作り出されるようになった。 例外的に第16話のヒトデモズーだけはコングに搭乗しなかった。 名称は「〇〇(モチーフ名)+コング」で統一され、基本的にモズーと同じモチーフ名が付けられているが、第31話のガラガラコングはモズーと名称が統一されていない。 第49話に登場した最後の機体・クマコングはゴーグルファイブに最後の戦いを挑むデスギラー将軍が乗り込んで操縦した。 一覧 名前 モチーフ 登場話 パイロット ファンコング 第1話 カイモズー ヒカリコング 第2話 トリモズー ゴリラコング 第3話 タコモズー マンモスコング 第3・4話 クモモズー カマキリコング 第5話 カマキリモズー ヤモリコング 第6話 ヤモリモズー ネココング 第7話 ネコモズー ドクガコング 第8話 ドクガモズー バクコング 第9話 バクモズー ネズミコング 第10話 ネズミモズー シシコング 第11話 シシモズー アリジゴクコング 第12話 アリジゴクモズー ナマズコング 第13話 ナマズモズー アンコウコング 第14話 アンコウモズー ハチコング 第15話 ハチモズー カッパコング 第17話 カッパモズー サルコング 第18話 サルモズー コウモリコング 第19話 コウモリモズー サボテンコング 第20話 サボテンモズー シーラカンスコング 第21話 シーラカンスモズー クジャクコング 第22話 クジャクモズー カニコング 第23話 カニモズー カメレオンコング 第24話 カメレオンモズー テラノコング 第25話 テラノモズー イノシシコング 第26話 イノシシモズー スイカコング 第27話 スイカモズー サメコング 第28話 サメモズー ハエコング 第29話 ハエモズー テングコング 第30話 テングモズー ガラガラコング 第31話 ガラガラヘビモズー ヤドカリコング 第32話 ヤドカリモズー トラコング 第33話 トラモズー ワニコング 第34話 ワニモズー ハイエナコング 第35話 ハイエナモズー ヤマアラシコング 第36話 ヤマアラシモズー ムササビコング 第37話 ムササビモズー サイコング 第38話 サイモズー ミミズクコング 第39話 ミミズクモズー セイウチコング 第40話 セイウチモズー カイココング 第41話 カイコモズー サソリコング 第42話 サソリモズー ミミズコング 第43話 ミミズモズー コンドルコング 第44話 コンドルモズー タヌキコング 第45話 タヌキモズー スカンクコング 第46話 スカンクモズー ゾウガメコング 第47話 ゾウガメモズー チーターコング 第48話 チーターモズー クマコング 第49話 デスギラー将軍 モグラコング 劇場版 モグラモズー 余談 次作『科学戦隊ダイナマン』の第44話で同ロボットを思わせるようなネーミングの(ショベルコング)が登場している。 序盤は『』ののようにイガアナ博士が猛獣・怪獣型コングを、ザゾリア博士がメカ型コングを設計・製造して競っていた。 この展開はスーツ製作に2体分の予算が掛かってしまう事からの措置であり、その為にモズーの下半身のデザインは凝れなくなってしまった模様。 その後のスーパー戦隊シリーズで巨大化戦力を別形態にする設定の場合、にしたり、「同形機」という設定でやをして予算内に収めている。 デザインコンセプトは脚部の形状から分かるようにの影響が大きい。

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コング(ONEPIECE) (こんぐ)とは【ピクシブ百科事典】

コング 元帥

アーネスト・ジョゼフ・キング Ernest Joseph King 渾名 アーニー レイ アーニー小父さん 生誕 死没 1956-06-25 (77歳没) 所属組織 軍歴 1901 - 1945 最終階級 除隊後 海軍歴史協会理事長 アーネスト・ジョゼフ・キング( Ernest Joseph King, - )はの軍人、。 生まれ。 中は海軍制服軍人のトップである司令長官兼 Commander in Chief, United States Fleet, and Chief of Naval Operations: 略称COMINCH-CNO として戦略指導を行い、司令長官兼太平洋戦域最高司令官 Commander in Chief, United States Pacific Fleet and Commander in Chief, Pacific Ocean Areas: 略称CINCPAC-CINCPOA の上官だった。 生涯 [ ] 生い立ち~海軍入隊 [ ] キングはにで、父ジェームズ・クライズデール・キング James Clydesdale King と母エリザベス・ケーム・キング Elizabath Keam King の間に生まれた。 父はアイルランド系移民での水夫と橋梁工事員を経て鉄道修理工場員、母方の祖父は英国の船大工から渡米して石油精製会社に勤務していた。 高校に入るのが精一杯の家庭であったため、1897年にへ入校。 在学中に起きたに志願してに乗り組んだ。 1901年に卒業、卒業席次は67人中4番。 少尉候補生となると、戦艦乗組みとなるが程なく副長と衝突し、アジア艦隊所属の巡洋艦に転属となる。 シンシナティの第1分隊長として初めて部下の水兵40人を持ったキング少尉候補生(在職中に少尉)は「厳しいが公正」をモットーとし、大統領の提唱で始まった海軍の第1回射撃コンテストで分隊を優勝させた。 シンシナティ乗組みの水兵300人の約4分の1が外国人で、特に古参の下士官に多く、これは当時のアメリカ海軍の平均的数字だった。 水兵は悪い食事と住環境、自由の制限を理由に年14%の割合で逃亡し、上陸すれば逃亡するか飲んだくれるトラブルメーカーだった。 キングが上海で分隊の水兵たちの記念写真撮影をアレンジしたとき、キングは水兵たちにせがまれて一緒に写真に写っている。 キングが大西洋艦隊司令長官 Commander in Chief, United States Atlantic Fleet: 略称CINCLANT となったとき、第1分隊の元水兵の多くが祝い状を送った。 戦艦機関長(大尉)時代には、海軍の機関部門のコンテストで優勝しそうになったが、戦艦2隻の故障で海軍省がコンテストを中止した。 日本体験 [ ] シンシナティがに入港した折、キングは見物のために鎌倉に向かった。 しかし見物の最中でスリに遭い、財布を盗まれた。 鎌倉駅に到着してキングはスリにあったことに気づいた。 キングは駅員に事情と身分を話し、後払いで横須賀行きの切符を購入しようとしたが、駅員はあくまで現金払いを要求した。 この時の様子をキングは「彼は、ひどく疑わしそうだった。 あるいは外国人は嘘つきだという信仰の持ち主だったのかも知れない。 とにかく、現金がなければ切符は売れない、と繰り返し、結局本官はオーバーをぬぎ、それを抵当にして横須賀までの三等切符をもらった」と語っている。 一週間後に現金を渡してオーバーを引き取ったが、「ひどく不愉快だったので、料金だけをはらい、チップは1セントも出さなかった」。 この出来事との勝利の影響で白人に対して傲慢な態度を取る日本人に悪印象を抱く。 戦間期 [ ] 後、潜水艦基地司令(大佐)時代の、衝突事故で沈没した潜水艦引き上げ作業指揮を命じられた。 水深約40mまで潜れる潜水士は海軍でも少なく、最終段階で潜水士長が「これ以上潜水士たちの安全の責任を負えない」と作業継続を拒否したほどだったが、他の潜水士たちはキングの作業継続の主張に同意してやり遂げ、キングは海軍殊勲章 を受章した。 水上機母艦艦長時代のには、別の衝突事故で沈没した潜水艦引き上げ指揮を命じられて成功し、2つ目の海軍殊勲章を受章した。 S-4が沈んだのは水深約31mで港にも比較的近いなどS-51よりは条件が良く、経験者や道具が揃っていたとはいえ、命令で潜らせることができる深さではなかった。 48歳でパイロットの資格を取り、航空畑に入って空母艦長となる。 キングがレキシントン艦長に就任したとき、アメリカ海軍は空母の運用方法を模索中で、乗員数も職種も多い「自由放任」の「たるんだ艦」とみなされていたが、キング艦長の下でレキシントンの士気は非常に向上した。 キング艦長は艦内法廷で水兵に誠実に接し、心を動かされた水兵はしばしば、分隊士官が隠したがる秘密を打ち明けた。 部下の士官は全員、自分の考課表を見てキング艦長と話し合い、自分がどこにいるかを知ることができた。 キングは艦上では厳格だったが、上陸すると兵士の一人となり、酔った部下の暴言にも寛容で「アーニー小父さん」の渾名が付いた。 キングが艦長を離任する際、乗組員たちは盛大な送別パーティーを開き、キングは涙ぐんだ。 トーマス・B・ビュエルがキングの正伝を執筆する際、レキシントン元乗組員の多くがキングについてビュエルに語りたがったという。 なお後にSF作家となるはこの時期(1931年から3年間)にレキシントンで勤務していたため、後にキングについて多数の軍事史家からインタビューを受けている。 レキシントンでの勤務後は戦略を学ぶため海軍大学校高級課程へ進んだが、この時対日戦略を検討する課題が出された。 キングはレポートで「敵""は、我々を不利な対外戦にひきずりこんで打撃を与えようとするだろう。 そのためには、"オレンジ"はフィリピン、さらにハワイを攻撃する可能性もあり、我々は"オレンジ"との戦いでは、まずきわめて不利な"手段と方法"しか与えられない戦争に巻き込まれることを予期せねばならない」「カマクラの体験は、私に日本人の二つの特性を教えてくれた。 ひとつは、財布をうばうのに暴力よりはスキをねらう技術を重視するということであり、もうひとつは、駅員の態度が象徴している如く、相手の不利に容赦しないということだ。 この二つの特性が軍事面に発揮されれば、日本の戦争のやり方が、奇襲とあらゆる方向への前進基地推進を基本にすることは、容易に想像できるはずだ」と自身の体験から日本の奇襲戦略を予測している。 1933年、少将に昇進して海軍省航空局長 Chief of the Bureau of Aeronautics に就任。 1938年、戦闘部隊航空群司令官 Commander, Aircraft, Battle Force: 略称COMAIRBAT 、中将。 1939年には少将に戻り将官会議 General Board のメンバーとなる。 平時であれば退役を待つだけの閑職であったが、海軍長官の合衆国艦隊観閲の随員となった際、艦艇の対空砲の対策を命じられ、通常3年かかる仕事をわずか3ヶ月で終わらせた事からの目に止まる。 1940年7月にが成立しすると大統領の指名をうけ哨戒部隊司令官 Commander, Patrol Force: 略称COMPATFOR に就任。 1941年2月に 海軍長官の一般命令第143号「合衆国海軍部隊の組織」 で哨戒部隊がに昇格したことに伴いCINCLANTとなり、大将に昇進した。 第二次世界大戦 [ ] が発生した際、キングは報告を行った副官の前で「それだ、ワシにはわかっていた」と叫んだという。 真珠湾の被害視察から戻ったノックス海軍長官は15日夜、ルーズベルト大統領にCINCPAC大将解任と、3人の地域別艦隊司令長官の上に立つ職として、2月に一般命令第143号で常設職としては廃止したばかりの合衆国艦隊司令長官 当時の略称はCINCUS 復活を提言し同意を得た。 CINCUS候補としてノックスの念頭にあったのはCINCLANTキング大将と言われる。 前CNO退役大将はCNOの任期が切れて退役した後、海軍長官起用が噂され、プエルトリコ総督在任中にはルーズベルトに呼び出されて「ヨーロッパで戦争が起きたら、すぐにここへ戻って私に助言して欲しい」と言われたほど信任が篤かったが、当時は駐仏大使で、まだ大統領は呼び戻しを考えているようには見えず、CNO大将は真珠湾の責任問題と無縁ではいられなかったからである。 そしてノックスは、すでにドイツ海軍潜水艦と「宣戦布告なき戦い」を戦っているキングを高く評価していた。 共和党員のノックスは民主党政権の海軍長官を引き受ける条件として、ルーズベルトの介入なしに海軍省を管理する権限を得ていた。 翌16日午前、ノックス長官はワシントンに出頭したキングにCINCUS復活とキングの同職起用を告げた。 キングは先任のスタークが艦隊を指揮すべきだとしたが、ノックスはキングに固執した。 午後にはルーズベルト、ノックス、スターク、キングの4人が会談。 ルーズベルト大統領は18日、陸海軍最高司令官としての権限を発動して大統領直属のCOMINCHを置く大統領令第8984号 に署名し、艦隊は海軍長官から大統領の指揮下に移った。 1915年にCNOが創設された時の海軍長官が軍人の権限拡大を嫌って反対したことなどにより、CNOには認められて来なかった艦隊指揮権がキングに与えられ 、日本で言う「軍令」が「軍政」から独立した。 しかし大統領令第8984号ではCOMINCHキングとCNOスタークのどちらが海軍のトップかはっきりせず、部内に混乱が生じ、スタークが1942年3月7日、ルーズベルト大統領に辞任を申し出て了承された。 ルーズベルトは大統領令第9096号 でCOMINCH-CNOの肩書きを設け、キングを海軍のトップとし、海軍作戦副部長 Vice Chief of Naval Operations: 略称VCNO を新設して、海軍作戦部次長 Assistant Chief of Naval Operations: 略称ACNO フレデリック・ホーン中将が就任した。 キングは艦隊を担当するCOMINCHと海軍省を担当するCNOの両方を細部にわたって処理する時間がないので、CNOの仕事の多くをVCNOホーンに委任し、VCNOの肩書き以外はホーンが実質的なCNOとなった。 キングは JCS と CCS の仕事が時間の3分の2を占めたと回想しているが、これはCNOの部下である海軍作戦本部 Office of the Chief of Naval Operations:略称OPNAV ではなくCOMINCH司令部が扱うものだった。 キングの正伝はキングの時間の98%がCOMINCHの仕事にあてられたとする。 1944年12月17日、戦時の特例として設けられたに昇進した。 「ヨーロッパ第一主義」に傾きがちな陸海軍参謀長会議(4人で構成)のメンバーとして、キングは対日戦での勝利に精力を注ぎ込んだ。 またフィリピン攻略を優先するの戦略に反対し、台湾攻略による遮断を主張したが入れられなかった。 以降は陸軍の戦略と協調し、以前反対していたにも賛成した。 賛成の理由を聞いたには「40年前に盗まれた財布をとりかえせるかと思ってね」と語った。 戦後〜晩年 [ ] 日本の降伏が決定すると、キングは副官に「さあ、すべて終わった。 明日は何をすればいいだろう」、「ここでやることはあるだろうが、私はもう必要とされないだろう」と語った。 退役年齢の64歳誕生日前にルーズベルト大統領に出した進退伺いから見ても、キングは戦後も海軍トップに居座る気はなかったと思われる。 COMINCH司令部には参謀長チャールズ・クック中将を筆頭に、COMINCHと司令部を存続させてCNOから移された権限を持続すべきという意見もあったが、海軍トップはCNOであるべきというのがキングの持論で、10月10日付でCOMINCHを廃止し、艦隊指揮権はCNOに移された。 キングはCNOを退いてCINCPAC-CINCPOAニミッツ元帥を後任にしようとしたが、フォレスタル海軍長官とニミッツは両者の海軍次官、航海局長 Chief of the Bureau of Navigation 時代から仲が悪く、太平洋戦争中もフォレスタル長官はニミッツにCINCPACの広報誌を発行させようとして対立し、敗れたため、キングの次に嫌っており、フォレスタルはVCNOリチャード・エドワーズ大将か航空担当海軍作戦部次長 Deputy Chief of Naval Operations for Air: 略称DCNO AIR 中将をCNOにしようとした。 結局ニミッツ自身の猟官運動や大統領に対するキングの直談判などにより、4年の任期を2年にするというフォレスタル長官の条件を呑んで12月15日にニミッツがCNOに就任した。 以後キングはで引退生活を送っていたが、1947年に脳出血を患いベセズダ海軍病院に入院、以後寝たきりとなった。 1956年6月26日に心臓発作で死去、77歳だった。 の5番艦がキングの名にちなんで命名された。 また、内にあるアメリカ軍人・軍属の子弟のための学校は、キングの名を冠したものである()。 キングの指揮哲学 [ ] キングは自伝で大規模戦争における部下のイニシアティブの必要性を繰り返し強調しているが、CINCLANT時代にその指揮哲学を明示した。 1941年1月21日のCINCLANT命令第53号「司令部の訓練 命令と指示における詳細の過剰」 では、将官や群指揮官が部下に「何を」だけでなく「いかに」すべきかも命令・指示することが標準的習慣になっているが、命令で絶対必要な要素は「部下のイニシアティブ」であるとし、我々は迫り来る戦争の準備をしており、部下の任務について「何を」「いつ」「どこで」「なぜ」以上に、「いかに」まで指示する時間も機会もないとした。 そして部下の指揮官が「有能」でないと判明するまでは「有能」であるという前提で「何をすべきか」を命令し、「いかにすべきか」は部下が「自分で先見の明を働かせ、考え、判断し、決断し、行動する」よう訓練して、「彼らの"面倒を見る"ことをやめるように」と命令した。 さらにキングは4月22日のCINCLANT命令第328号「司令部の訓練 イニシアティブの正しい使用」 で第53号の原則を繰り返すとともに「分業」と「分権化」を説き、司令部の効果的訓練にはハードワークが要求されるとした。 キングも元来は詳細な命令を出すタイプだったが、COMPATFOR、CINCLANTとして大西洋全域でドイツ海軍との「宣戦布告なき戦い」を任されると、それまでのように全てを直接指揮することはできなくなり、スタイル変更を迫られたのである。 戦史研究に熱心なキングは大尉時代に戦役を研究し、「ナポレオン式システムの大きな弱点は、ナポレオンの細かな監督を必要としたことである。 ……ナポレオン戦役の研究から学ぶべき最大の教訓は、反対のことをしなければならないこと、部下たちに独立した行動の訓練をさせることである。 ……ドイツはナポレオン戦役の研究から、部下たちのイニシアティブの原則を発展させ、彼らの全軍事ドクトリンはそれに基づいていた」と結論していた。 さらにキングはCINCLANT命令を出した理由について「最高司令官は、不必要な細事から自由になることによってのみ、彼だけができる事を達する暇を得られる。 ……司令長官は、彼だけが責任を負う将来の部隊展開の立案と全体的な決断に集中する暇がなくてはならない」と説明している。 人物 [ ] 個人的にも日本嫌い、日本人嫌いで知られていたが、一方でにも好印象を持っておらず、特に大戦中はイギリスのアメリカ依存姿勢に批判的であった。 その為、大西洋方面の意思決定会議にキングが参加すると、場が荒れたと言う。 キングは上司からも部下からも嫌われやすい性格の持ち主だったが、海軍士官としての有能さは、彼を嫌う人々でさえ認めざるを得ないものであった。 しかし戦争終盤に元海軍次官で海軍贔屓の大統領が死去して昇格した元陸軍大尉の大統領はキングを嫌っており、海軍長官とも不仲だった。 そのためキングは第二次世界大戦に勝利すると厄介者扱いされた。 海軍史家のはキングを"sailor's sailor"と評している。 上記のように、キングは初級士官時代から部下の水兵掌握に傑出した実績を積み重ねていた。 キングはルーズベルト大統領とノックス海軍長官にCOMINCH就任を求められたとき、「トラブルになるとクソ野郎ども sons-of-bitches を呼びにやる」とコメントしたという伝説がある。 キングは大統領付海軍武官ジョン・マクリー大佐にこれを否定したが、マクリーが初代艦長となった戦艦がルーズベルト大統領一行を、のため乗せていたとき、キングはマクリー艦長に「君の大きな弱点はクソ野郎でないことだ。 よい海軍士官はクソ野郎でなければならない」と言った。 キングは「トーチランプでヒゲを剃る」、「防雷網カッターで足の爪を切る」とも言われた。 またスタークがCNOを辞任したとき、キングが陸海軍協力の障害だと考え、「この戦争に勝つのに役立つかもしれない1つのことは、キングを撃ち殺す誰かを見つけることだ」と日記に書いた戦争計画部長 Assistant Chief of Staff, War Plans Division 准将は 、間もなく、はっきり主張すればキングは話の分かる人間であることを悟って「それ以来、私は海軍に一人の友人を持った」と書くまでになり、北アフリカ上陸作戦(トーチ作戦)で連合国軍最高司令官 Commander in Chief, Allied Force: 略称CINCAF に抜擢されたのはキングの推薦だと後に知った。 参考文献 [ ]• Ernest Joseph King and Walter Muir Whitehill, Fleet Admiral King: A Naval Record New York: Da Capo Press, 1976• Thomas B. Buell, Master of Seapower: A Biography of Fleet Admiral Ernest J. King Annapolis: Naval Institute Press, 2012• Julius Augustus Furer, Washington, D. : U. Government Printing Office, 1959• 『指揮官』(下) (、1974年)• 『』白桃書房、1991年。。 『歴史群像No. 34西洋史面白人物伝 アーネスト・J・キング』学習研究社、1998年• 駄場裕司「第二次世界大戦期アメリカ海軍の指導体制 合衆国艦隊司令長官兼海軍作戦部長の職務」『政治経済史学』第670号、2017年10月 脚注 [ ]• King and Whitehill, pp. 47-49, Buell, pp. 20-23. Buell, pp. 39-40. 児島、43-44p• King and Whitehill, pp. 173-185, pp. 195-204, Buell, pp. 67-70, pp. 76-78. Buell, pp. 80-93, p. 568. 児島、45-47p• 児島、45p• Henry H. Adams, Witness to Power: The Life of Fleet Admiral William D. Leahy Annapolis: Naval Institute Press, 1985 , pp. 114-117, John Major, "William Daniel Leahy," in Robert William Love, Jr. , ed. , The Chiefs of Naval Operations Annapolis: Naval Institute Press, 1980 , p. 115, Walter R. Borneman, The Admirals: Nimitz, Halsey, Leahy, and King--The Five-Star Admirals Who Won the War at Sea New York: Little, Brown and Company, 2012 , p. 213, Buell, p. 128, p. 136. Buell, pp. 152-153. Buell, pp. 153-154,• King and Whitehill, pp. 475-476, p. 628, Buell, p. 227. 児島、55p• Buell, p. 498. King and Whitehill, p. 631,• King and Whitehill, p. 636, Buell, p. 502, E. Potter, Nimitz Annapolis: Naval Institute Press, 2008 , p. 293, p. 382, pp. 401-409, p. 428, Theodore Taylor, The Magnificent Mitscher Annapolis: Naval Institute Press, 2006 , pp. 5-6. 正式にCOMPATFORからCINCLANTに昇格したのは2月1日付。 Buell, pp. 114-115, pp. 131-132. King and Whitehill, pp. 81-82. King and Whitehill, pp. 314-315. Samuel Eliot Morison, History of United States Naval Operations in World War II: Vol. 1: The Battle of the Atlantic: September 1939-May 1943 Boston: Little, Brown and Company, 1961 , p. 115. Buell, pp. 420-421, p. 573, Borneman, The Admirals, p. 212, p. 330. Robert H. Ferrell, ed. , The Eisenhower Diaries New York: W. Norton, 1981 , p. 50 March 10, 1942. Dwight D. Eisenhower, At Ease: Stories I Tell to Friends Garden City, New York: Doubleday, 1967 , p. 252. 外部リンク [ ]• 先代: 1940 - 1941 次代: ロイヤル・E・インガソル 先代: 1941 - 1945 次代: (廃止) 先代: 1942 - 1945 次代: 関連項目 [ ]•

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センゴク(ONEPIECE) (せんごく)とは【ピクシブ百科事典】

コング 元帥

(ONE PIECE58巻 尾田栄一郎/集英社) まず海軍本部の 階級ランク早見表がこちら。 日本の自衛隊だと階級名は異なるものの、そのまま上から順番に強いと素直に考えていいと思います。 つまり、中将クラス以下の強さ議論を作る意味はあまりないと考えられます。 そのためおそらく20名前後はいると思われる中将のスモーカー、ヴェルゴ、大佐のやコビーなど、今回の強さランキングでは含めませんでした。 またワンピースのアニメ映画のみに登場した海軍キャラも割愛。 そのため 今回の海軍強さランキングは「大将クラスのキャラクターのみ」に限定して考察してます。 コビーなどはいずれ海軍大将まで昇格しそうなキャラですが、ワンピース最新話までの状況で強さランクを徹底的に考察してみた。 センゴク…海軍強さランク7位 (ONE PIECE59巻 尾田栄一郎/集英社) そして、 センゴクの悪魔の実は「ヒトヒトの実(モデル大仏)」。 いわゆるのに該当し、自らの身体能力をシンプルに高めてくれる悪魔の実。 センゴクは衝撃波で黒ひげたちを一蹴するなど、近接戦闘にも遠距離戦にも長けてる能力であることが分かります。 実際、四皇の金獅子のシキ戦ではガープと共に戦ってマリンフォードの町が半壊するなど、頭脳に加えてセンゴクは肉弾戦でガープに匹敵する強さがあるのは間違いないか。 動物ゾオン系はただでさえ不利な中、海軍元帥にまで上り詰めて自然ロギア系の海軍大将たちを率いていた事実は重い。 ただし、既にセンゴクは海軍では現役の座を退いてる状態。 急激に白髪化したことが、何よりセンゴクの老いを物語ってる。 一方、ガープは未だに海軍中将を現役で続けてることを踏まえると、現在の海軍キャラではガープの強さが上回る可能性がありそう。 クザン(青雉)…海軍強さランク6位 (ONE PIECE34巻 尾田栄一郎/集英社) クザンの悪魔の実は「ヒエヒエの実」。 このヒエヒエの実は相手を一瞬で凍らせることが可能。 クザンに凍らされた人間は、そのまま文字通りにカチコチ。 凍ったまま肉体が破壊されると死亡。 ヒエヒエのニュアンスを明らかに上回ってる気がしますが、おそらくクザンのしているのかも知れない。 大津波ですら一瞬で凍らせるなど、ヒエヒエの実の範囲も非常に広大。 相対する敵と距離が離れていても、地面を伝って相手を凍らせることも可能。 汎用性は低くはない。 ワンピースでは他にも凍らせる系の悪魔の実能力者は存在しますが、クザンは「氷結系能力者」の中で文句なく最強キャラクター。 例えば、王下七武海のドフラミンゴは青キジに一度凍らされるものの、自らの意思でバリーンと解除されてる。 まだ相手の動きを封じ込めるという点で確実に石化できるメロメロの実や相手の肉体から水分をカラッカラに奪えるスナスナの実の方が強いかもしれない。 覇王色の覇気で無効化してる説なども考えられますが、少なくともヒエヒエの実の能力は「 相手を問答無用で凍らせる強さまではない」と考察できそう。 確かに離れた場所からでも凍結させられるものの、強者同士の戦いにおいて「凍結そのものにダメージがない」のは致命的。 言っても、氷は放置しておけば常温でも溶けてしまう。 物理の世界でも最低温度はマイナス273度(絶対零度)まで。 マイナス1万度などは物理的に存在しない。 一方、高温は無限に存在する。 マグマの能力を持つ海軍元帥・サカズキよりは強さは劣ると考察できそう。 もちろん青キジは赤犬と「10日間」にも渡って互角の戦いを展開してる。 赤犬は現在海軍元帥として君臨してることを踏まえると、青キジの強さランキングはもっと上でも良さそう。 ただし、青キジのヒエヒエの実は赤犬のマグマの能力とは相反する能力だったからか。 マグマグがメラメラを容易に呑み込んだのとは逆に、ヒエヒエはマグマグの能力を無効化・相殺化できたのかも知れない。 そのため海軍最強ランキングでは「能力の相性」も加味してみた。 それでも青キジの強さランクが年齢差も踏まえると、センゴクの強さより劣る可能性は低いか。 イッショウ(藤虎)…海軍強さランク5位 (ONE PIECE71巻 尾田栄一郎/集英社) 続いての 海軍強さランキング5位は「藤虎・イッショウ」。 藤虎の階級は海軍大将。 そして、特徴は「全盲」。 ただし生粋の海軍兵ではなく、マリンフォード頂上戦争後に「徴兵制(世界徴兵)」によって半強制的に途中から海軍に入隊させられた経緯を持つ。 そのため海軍大将ではありながら「反海軍」的な思想も覗かせる。 狡猾かつ執拗なまでに「海軍の勝利」を追い求める海軍元帥・赤犬に対して、藤虎は仁義を重んじる姿勢などどこか情にもろい側面もある。 実際、イッショウはワンピースの主人公・ルフィを逃がすなど、メンタル面での弱みが残りそう。 それはバトルでは致命的なミスに繋がる「諸刃の剣」。 一方、生え抜きの海軍兵士たちを差し置いて、藤虎はゴボウ抜きで海軍大将に上り詰めたことから相当強いとも考察できます。 右から二番目のコマを確認してもらえると、波動らしきものを飛ばして「隕石にかかる重力」を重くして落下させたものと考察されます。 つまり、藤虎は自身の手で「触れる必要」がない。 まさに海軍大将・藤虎のズシズシの実は「目が見えないデメリット」を補って余りあるほどの強さを持つ。 重力は「あらゆる物体」に作用する物理現象。 まさに森羅万象の能力。 ブラックホールに代表されるように、 重力は光ですら捻じ曲げることが可能。 いわゆる相対性理論。 おそらく海軍大将・黄猿の唯一相性が悪いキャラがいるとしたら、藤虎の重力のみか。 ただし、においてに勝利こそしたものの、藤虎は割と負傷してるっぽい。 ヒエヒエの実と同様に重力そのものにダメージはなく、「新戦力として後から加入したことから既存の海軍大将よりも素直に強い」と最初は考察したものの過大評価だったか。 モンキー・D・ガープ…海軍強さランキング4位 (ONE PIECE58巻 尾田栄一郎/集英社) 最初の 海軍強さランク4位は「モンキー・D・ガープ」。 階級は海軍中将。 ・ルフィの祖父にして、ガープはのの父親でもある。 ガープは「海軍の英雄」として今でも崇められるなど、まさに肩書のオンパレードの海軍キャラ。 特に、海軍中将・ガープはかつて世界で覇権を握ったを壊滅させた功績が有名。 船長のは若かりし頃のやを従えるなど、まさに当時最強の海賊だった。 残念ながら単独ではなくと共闘したそうですが、ガープの功績は本物。 30年前には当時懸賞金5億ベリーの最強の硬度を誇るとされたチンジャオを武装色の覇気のゲンコツでフルボッコし、前述のように当時の海軍大将・センゴクと共にガープは四皇のシキを捕縛するなど、ガープの強さエピソードに枚挙に暇なし。 ガープは階級こそ海軍大将ではないものの、これまで何度も海軍大将の昇格を打診されるなど最強っぷりは折り紙付き。 ガープの強さはほぼ海軍大将 or 海軍元帥並と考察できるため、今回の海軍強さランキングで唯一中将キャラでランクイン。 ガープは未だに現役の海軍中将として活動してるのも、海軍最強ランキングでは高評価。 一方、センゴクは隠居してお目付け役として余生を過ごしてるのが対照的。 ルフィの祖父にして、ドラゴンの父親という点も踏まえると、不屈の精神とタフネスさでガープは海軍最強クラス。 また40年前に世界最強と言われたロックスを倒した割に、ガープの体に大きな傷はあまり確認できないのもランクでは高評価。 例えば海軍元帥・赤犬ですら青キジとの戦闘で大きな傷を負っており、これほど武闘派の海軍っが「ダメージを負ってない」というのはまさに強さの裏返し。 コメント欄のガープ人気にも媚b…反映させて、今回の海軍強さランクでガープの順位をアップさせてみた。 30~40年程度前の全盛期の強さであれば、ガープは文句なく海軍最強でしょう。 現在も海軍大将・藤虎の隕石攻撃程度であればゲンコツ一発で粉砕しそうです。 ただし、70代後半という年齢や悪魔の実を持たない点がやはりネック。 自然ロギア系の海軍大将の強さと比べるとやはり後塵を拝するか。 ライバル関係にあったにに結果的に到達させられてしまってる点も、海軍としてマイナス評価に働きそう。 ボルサリーノ(黄猿)…海軍強さランク3位 (ONE PIECE52巻 尾田栄一郎/集英社) 特に黄猿の「レーザー砲」は凄まじく速い上に、一発一発の威力が強烈。 「ひかり」と聞くとヤワなニュアンスを受けますが、艦隊を破壊するほど大砲並みの威力を持つ。 実際パシフィスタのレーザー砲も、この黄猿の能力がベース。 いかに破壊兵器的な威力を持つかが分かるはず。 中でも画像の「八尺瓊勾玉」は最強クラスに強い。 空中から何十何百と繰り出される光のレーザー砲は、まさに絶対不可避。 海軍大将・黄猿は近距離遠距離にも優れた汎用性を誇り、あらゆる場面において強さを発揮できる海軍大将。 負ける姿は想像できないものの敗北濃厚となったとしても光速移動で逃げることも可能。 黄猿のピカピカの実はあらゆる場面に対応できる汎用性の高さも誇る。 既に劇場版ワンピースでは元海軍大将・ゼットを圧倒するなど、黄猿は似たようなガープ相手にも無難に優位に戦いを進めそう。 意外と負けず嫌いの性格も強さランクでは好意的に評価できそう。 サカズキ(赤犬)…海軍強さランク2位 (ONE PIECE70巻 尾田栄一郎/集英社) 海軍元帥・赤犬 の悪魔の実は「マグマグの実」。 いわゆる全身マグマ人間。 溶岩パンチは炎(メラメラの実)すら食らい尽くすエネルギーを持つ。 だから、赤犬に攻撃してもアッチッチのカウンターを食らう。 ボルサリーノの光レーザーもマグマ相手にはそのまま吸収されそう。 画像のように空中から大量の巨大溶岩を降り注がせることも可能。 マグマグの実はを誇る。 マグマグの実はスピードこそありませんが、赤犬は近接戦闘においても遠距離戦においてもまさに海軍最強。 相性が悪いはずの青キジに勝利してる点も強み。 またサカズキは最強すぎるが故に、性格も傲岸不遜。 相手にすら楯突いちゃう物怖じしない性格も強み。 勝ちに対する圧倒的な執念、たとえ格下相手でも容赦ない油断のなさ、海賊に対する完膚なきまでに叩き潰す徹底っぷり。 まさに強者が持つ全てのメンタルを持ちうる海軍兵士。 そして、海軍元帥・赤犬はルフィの兄であるを倒した因縁の相手。 主人公ルフィが倒すべき許せない対象であることを考慮すれば、やはり 赤犬・サカズキはまさに海軍最強と評価していいはず。 でも海軍元帥・赤犬より強い海軍のキャラクターっていたっけ?前述の階級ランク別早見表を見ても、これを上回る海軍の階級やランクはないはず。 コング…海軍強さランク1位 (ONE PIECE60巻 尾田栄一郎/集英社) ということで 海軍最強ランキング1位は「コング」。 コングの階級は「」の全軍総帥。 ネット上で様々存在するワンピースの考察サイトでも、意外と触れられていない盲点とも言えるキャラクター。 厳密には海軍のキャラではないものの、コングにとっては海軍元帥は実質的な部下。 やといった存在がクローズアップされる中、今後コングがワンピースで登場しないはずがない。 もちろん作中でコングはほとんど解説はされてないものの、海軍だけではなく陸軍や空軍(がいるかはさておき)もひっくるめた軍隊のトップ。 コングは能力的に未知数ではあるものの、やはり海軍や軍隊は「強さこそ全て」の世界。 軍を収めるには人徳よりもシンプルな強さ。 それは元海軍大将・青キジの敗走で証明されてる以上、階級が上のキャラクターほど強くなることは確定的。 またコングはの中心であり、天竜人がおわすで日々活動してる。 まさに天竜人を守るという役割を一手に担う以上、海軍元帥・サカズキより強くないわけがない。 見た目もかなり武闘派ですから、コングが全軍人最強キャラクターと予想できそう。 緑牛…海軍強さランキング(番外編) 最後の 強さランキング番外編は「緑牛(りょくぎゅう)」。 緑牛は現状ほとんど何も分かっていない最後の海軍大将。 ワンピース最終盤でも出し惜しみされまくりですが、あまり論評考察するだけの情報は少ない。 コングに関しては「階級」という要素からある程度は考察可能でしたが、今回の強さランキングでは緑牛は割愛。 ただ新戦力として後で加入した海軍大将なので、それなりに緑牛は強いことは間違いないはず。 おそらく他の海軍大将と同様に自然ロギア系の能力者であると考察されるため、強さ的には3位か4位程度か。

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