歴史 秘話 ヒストリア。 歴史秘話ヒストリアを見逃した!再放送はやってる?

歴史秘話ヒストリア「松永久秀回の感想」NHK'20/6/3放送

歴史 秘話 ヒストリア

NHKの「英雄たちの選択」で、「戦国最大の悪人 松永久秀の真実」 が 放送され、 続いて「歴史秘話ヒストリア」で、「戦国最強のナンバー2 天下を動かした男 松永久秀」が、放送されていました。 「松永久秀」については、「英雄たちの選択」で、書きましたので、 重複する部分もあるので、「歴史秘話ヒストリア」を参考にしながら、 斜め目線で書いていきます。 〇「いだてん」は、再放送されていますが、あらためて見ると 作品的には、決して悪くないですが、大河でこれを放送されても と言う感じで、洋食が食べたくて、洋食屋に行ったのに、中華 料理しかメニューにないみたいです。 〇2022年の大河ドラマ(第61作)が「鎌倉殿の13人」で、主演を 小栗旬さん、「新選組!」、「真田丸」に続く3度目となる三谷幸喜 さんが脚本で、王道時代劇ですが、2021年大河ドラマ(第60作)は 「青天を衝け」で、2015年の朝ドラ「あさが来た」の大森美香さんで、 主演は、映画「キングダム」の吉沢亮さんで、期待が持てそうなのですが、 その主人公となるのが、2024年度発行予定の新一万円札の顔としても 注目される「渋沢栄一」で、現代迄描いた「いだてん」と迄は行き ませんが、彼は、幕末から明治、大正、昭和と91歳と言う長寿で、描き 方によりますが、幕末と言うより、明治、大正が中心になると思われ、 大河は、「幕末モノは当たらない」とも言われ、「篤姫」の成功 が ジンクスを破り、「龍馬伝」も注目を浴びましたが、明治、大正と なると、大河と呼ぶには難しい気がし、「いだてん」は 東京オリンピックのキャンペーンで、無理やり感があり、 「青天を衝け」は、未だ先とは言え、新札キャンペーンの感が あり、前途多難と言う気がします。 「麒麟がくる」では、従来の戦国期の定説より、新しい説を取り入れて いるような気がし、代表的なのが、染谷将太さん演じる信長で、 豪快な面に隠れるナイーブさ、母・兄弟のトラウマなど、新しい 信長像になっています。 劉備は、偶然にある屋敷を発見し、そこには水鏡先生と呼ばれる人物が 住み、劉備は天下について語り合い、水鏡先生は問いました。 「劉玄徳殿には、人徳世間には知れ渡っているが、強兵を持たぬ」すると 劉備は「関羽・張飛・趙雲らは天下に聞こえし豪傑。 何が足りません でしょうか」に、水鏡先生は「武のみ持って力は制することできません。 知略政治で民を救い、武を動かす人材、軍略が必要なのです」と話し 臥龍(諸葛亮孔明)か、鳳雛(ホウ統士元)どちらか一人でも手中に できれば天下を取れると言われますが、当てもなく、悩むばかりでし たが、ある日、劉備の屋敷の前を歌い歩く男が気になり、劉備は 直ぐに、その人物を引き止めると、彼は単福(ぜんふく)と名乗り、 兵法軍略政治について語り、劉備は大きく心を打たれ、ここに 劉備軍初の軍師が誕生し、劉備一同、彼に全幅の信頼を置き 曹仁軍10万が攻め寄せ、単福は、既に認知していたかのように、関羽、 張飛、趙雲らに指示をし、素早く兵を動かし、わずか三千の兵で破る 偉業をなし、単福の存在を知った曹操は、彼の母を呼び寄せ、 人質当然な手紙を単福に差し出し、単福は、劉備に相談すると、 劉備家臣らが猛反対するも、劉備は快く単福を行かす決断を決め、 単福も涙を流しながら、新野をあとにしますが、一時すぐに引き返し、 劉備に、臥龍が新野に住んでいることを告げ、別れの土産としたのです。 番組でも、京都の石清水八幡宮の松永弾正(久秀)の 裁判に関する 書状も、将軍の採決に不満を持つ諸侯が、京都を支配する三好家の 松永久秀の元を訪れ、将軍の採決を翻すと言う事も、「麒麟がくる」を 見ていたので、理解出来ましたが、見ていなかった、天皇(朝廷)、 将軍、三好家の畿内政権のパワーバランスは解らないと思います。 亡き主君の為に、義継を天下人にと言う義務感の様なモノで 信頼関係はなく、義継が突如 、足利義輝を襲い殺害する 暴挙を行い、後処理に奔走するも、三好家の内紛など、結局、 その後は、不幸な道を歩むことになり、信長に討たれる運命を 迎えました。

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歴史秘話ヒストリアを見逃した!再放送はやってる?

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