山手 線 路線 図。 首都高速のわかりやすい路線図や「複雑なルート案内」│交通と旅の便利手帖

神戸市営地下鉄西神・山手線

山手 線 路線 図

この項目では、JR東日本の鉄道路線である山手線(やまのてせん)について説明しています。 神戸市営地下鉄の山手線(やまてせん)については「」をご覧ください。 かつて存在した神戸市電の山手線(やまてせん)については「」をご覧ください。 元の鉄道路線で南海鉄道時代に山手線(やまのてせん)と称していたJR西日本の鉄道路線については「」をご覧ください。 山手線(やまてせん)とも呼ばれている福岡県北九州市の市道の一部については「」をご覧ください。 山手線(やまてせん)とも呼ばれるの神戸山手線については「」をご覧ください。 で計画されている大台中山手線計画については「」をご覧ください。 山手線 山手線 (2020年1月12日 恵比寿駅) 基本情報 通称 山手貨物線、(含む)、(複々線区間のうち2線) 国 所在地 種類 (・) 起点 (路線名称として) 終点 (同上) 駅数 30駅( - 間の13駅含む) 経由路線 (田端駅 - 間) (東京駅 - 品川駅間) ヤテセ 路線記号 JY 開業 (18年) 所有者 (JR東日本) 運営者 東日本旅客鉄道(JR東日本) (JR貨物) 路線構造 使用車両 を参照 路線諸元 路線距離 34. 5 (田端駅 - 東京駅間 7. 1 km、東京駅 - 品川駅間 6. 8 km 含む) 1,067 線路数 (品川駅 - 田端駅間は山手貨物線含めれば) 1,500 34 (田端駅 - 西日暮里駅間 参照 90 路線図 オープンストリートマップに があります。 オープンストリートマップに があります。 山手線(やまのてせん)は、(JR東日本)が運営するである。 「山手線」には、次の4つの意味合いがある。 旅客案内および運行管理上は2. が多用される。 路線名称としての「山手線」:のを起点に、・・を経由してのを結ぶ全長20. 6 の鉄道路線()の名称。 の支線。 『』に記載された山手線の区間でもある。 と間の一部区間を除き、ほぼ全線であるが、このうちの電車、列車や、の走る線路を通称「 」と呼ぶ。 運転系統としての「山手線」:上記 1. にの一部およびの一部区間を合わせて東京都区内でを行う近距離電車の運転系統。 実際にはこの運転系統のみが使用する専用の線路があり、それを「山手線」と呼ぶ。 のシステム上の経路表示における「山手線」:上記1. から、 - 新宿駅間を除外し、 - 間を含む( - 新宿駅間は「中央東線」と表示される)。 運賃計算上の「」:東京駅からの程が100キロ超200キロ以内の範囲に所在する駅に発着する(または1キロ超200キロ以内の範囲に所在する駅に発着する一部の)に表示されることがある運賃計算上の名称。 上記2. の区間に加え、環状線内側にある中央本線 - 代々木駅間および - 間を含む。 また、この区間内相互の近距離運賃は区間外よりも低額に設定されている。 以降、特記のない場合は、2. の運転系統としての山手線を指すものとする。 概要 [ ] 山手線は、であるの部で環状運転を行い 、多くの駅において、都心から各方面へと伸びるJR(・)や各社のおよび都心部を走る各線に接続している。 1周の長さは34. 5 km、1周の所要時間は内回り、外回りとも標準で59分 、朝は61分、夕方ラッシュ時は60 - 61分(いずれも大崎駅での停車時間を除く)である。 で使われる路線記号は JY。 山手線は、日本の期に私鉄のが当時国内有数のであったと内陸部の各地(、、)さらにおよび方面を結ぶとして建設した、 - (および)間を結ぶ鉄道路線(当初は 品川線と呼称)である。 当時の東京の人口密集地域であった下町を避け、街外れだった山手に建設された。 その後、同じく日本鉄道が現在の方面と横浜港方面間の接続を目的として建設した - 間(当初は 豊島線と呼称)を加え現在の山手線の線路の原型が完成 、の後、の期に池袋駅 - 赤羽駅間を現行のとして分離した。 開業以来、が開通するまでは、関東北部および東北方面から横浜港方面に向けの品輸送、逆方向の品輸送の大動脈であった。 現在も少数であるが方面と方面を結ぶが毎日運行されている。 旅客輸送は、開業当初は新橋駅 - 品川駅 - 新宿駅 - 赤羽駅間を往復する列車が1日数往復のみ運行され 、その後、東京山手の増に伴い上野駅を起点として池袋駅、、、品川駅、新橋駅を経て方面に至る環状運転が開始され 、その後、上野駅 - 東京駅間の開通によりと東北本線の相互直通運転が開始された時期と同じくして現在の運行形態へと移行、定着した。 後期から期にかけての私鉄各社は、地下鉄道であればやのように内に路線を敷設できたが、地上線となると東京15区内がの路線網内だったこともあり敷設が難しく、山手線の各駅に隣接して都心側のを設置することとなった。 戦後も引き続き山手線内に新設する路線はすべて地下鉄道であることが条件となったため、私鉄の力では山手線内に直通することは実現不可能となった。 山手線の各駅は都内交通への乗り継ぎ・中継地となり、やがて各私鉄が自力で都心延伸するよりもターミナルに自社のを集中した方が利益になると判断し始め、のターミナル駅周辺にある、、はとして発展を遂げていく。 こうしたを相互に連結する山手線は、東京の網の基本路線として機能しており、後、私鉄が(現在の〈東京メトロ〉)やとを開始し、から電車が直接都心に乗り入れるようになっても、依然として東京山手の副都心間を結ぶ路線等として機能している。 朝ラッシュ時の混雑率が250 を越えていた時期もあったが、地下鉄網の発達や並行するの旅客化 、山手線自身の6ドア車導入による11両化 、の開業等、新線開業が相次いだことにより混雑は大幅に緩和された。 通勤などビジネスや通学、買い物といった日常生活のほかに、訪日外国人を含めた観光目的での利用も多い。 JR東日本も観光での利用者開拓に力を入れており、2017年に山手線プロジェクトチームを設置。 山手線を「東京感動線」と称して、2018年から沿線の文化や店舗を紹介するフリーマガジン『TOKYO MOVING ROUND』を配布するなどしている。 なお、平均駅間距離はJR東日本管内の路線では最も短く、JRグループ全体でもに次いで2番目に短い。 路線名の読み方 [ ] 山手線の読み方は、対義語のとからの「 やまのてせん」であり、太平洋戦争前も「やまのてせん」と読んでいた。 開業時の申請書には表記を「 山ノ手線」とする旨が書かれており、開業時表記は「山手線」となったが、読みは「やまのてせん」だった。 [ ] 読み方が「やまのてせん」に戻ったのには2つの理由がある。 1つは1970年から始まったキャンペーンで、駅名や路線名を分かりやすいようにしようとする動きが起こったためである。 もう1つは、群馬県内の(あがつません)が開通したことである。 吾妻線が「あづません」と読まれないようにするため、 [ ]国鉄では全路線の線路名称にを付けることを決定。 山手線には「やまのてせん」というふりがなを振り、吾妻線がまで開通したから実施した。 国鉄当局が「やまのてせん」を選択し復活させた理由は、線名の由来・発祥からして、「やまのてせん」の方が伝統的に正しいことと 、 に(やまてえき 1964年5月開業)との混同を避けるためである。 これに伴い、その趣旨を徹底させるため、電車に掲出されるの行先表示は、表記は「山手」を「山手線」に、ローマ字表記は「YAMATE」を「 YAMANOTE LINE」と改めた。 [ ] 歴史 [ ] から使用されている電車(2018年 鶯谷駅) 山手線は元々、が現在のおよびを連絡するために - 間のに敷設した線路であった。 東京市街地の拡大に伴い、市街を巡る大都市の基幹交通路線に性格を変えていった。 が運行を開始したのは1909年 、現在のように環状運転が実施されるようになったのは1925年のことである。 日本鉄道品川線と呼ばれたこの路線は、港があった品川・方面と東京の北側を結ぶ日本鉄道第一区線の一部として計画された路線であった。 しかし起伏地である山の手に線路を敷くには技術的にも資金的にも困難であったことから、まずは日本鉄道第一区線の開業を優先し、(16年)に下町の北部にあたる現在のの地を起点として開業 、その後の(明治18年)、当初の計画に準じ、日本鉄道第一区線と(現在の)とを連絡する品川駅 - 赤羽駅間(現在の山手線品川駅 - 池袋駅間と池袋駅 - 赤羽駅間)が開業した。 当時、日本鉄道の南端は上野駅、官設鉄道の北端はで、この両駅を結べば建設距離は短くて済んだが、両駅間の土地は江戸の下町に当たるため鉄道を敷設することは難しかった。 一方で山の手を通すと遠回りにはなるものの、当時の山の手の居住人口は少なく、鉄道敷設への理解も得られ易く、この経路が選ばれた。 開業後の(明治19年)時点では、新橋駅 - 品川駅 - 赤羽駅間には毎日4往復の直通旅客列車が運行されていた。 (明治24年)に日本鉄道第一区線から第五区線が全通し、横浜・新橋・品川・上野方面と、・・・・・方面が鉄路で結ばれた。 一方、同じ日本鉄道の路線である土浦線(1901年に海岸線に改称、現在の)と品川・横浜方面の連絡線の建設も計画された。 - - 間を結ぶ日本鉄道土浦線は、(明治29年)、日本鉄道第一区線上に田端駅を開業すると同時に開通、土浦、水戸方面と東京の北側を直結させた。 この海岸線と山手線を結ぶ短絡線(山手線枝線、当初は豊島線と呼称)は、(明治36年)に日本鉄道品川線にを開業し 、同時に田端駅と池袋駅間を結ぶ線路の開通によって営業を開始した。 この短絡線の建設に当たっては、当初はを分岐点とする計画もあったが、同駅周辺に十分な用地の確保が困難だったため、現在の池袋駅が開設され分岐点となった。 - 間で線路が南西を向いているのは、当初目白駅を分岐点としていた名残といわれる。 この短絡線は当初、豊島線と呼称されていたが 、開業に先立つ(明治34年)、日本鉄道はの認可の下、定款の区線名称を変更し品川線と豊島線(当時未成線)を合わせ山手線とした。 開業後、東北・・常磐線のみならずと東海道線を結ぶ役割も担うようになり、また、の勃発などで貨物輸送量が大幅に増え、1904年の新宿駅 - 池袋駅間を皮切りに1910年まで複線化が行われた。 この際、池袋駅 - 赤羽駅間は複線化から取り残され、支線的性格を強めた。 日本鉄道が国有化された(明治39年) 時点では、品川駅 - 赤羽駅間に貨物列車のほかこの区間を単純往復する旅客列車も運行された(毎日9往復)。 (明治42年)の各鉄道路線に路線名が付与された際は、池袋駅 - 赤羽駅間も含め現在の山手線区間(品川駅 - 池袋駅 - 田端駅間)と合わせて東北線の部 山手線となった。 この当時は、池袋駅より北側は現在の赤羽線を経由して赤羽駅までが山手線本線、旧豊島線区間は山手線の支線であった。 その後、同年から現在の烏森駅(現・新橋駅) - 新宿駅 - 上野駅間が電化され、電車の「C」の字形運転が開始された。 この時、品川駅 - 烏森駅間は京浜線(現在の)に乗り入れる形を採っていた。 東海道本線が東京駅まで延伸開業し、も同駅まで延伸されると、中央線と山手線を接続し、 - 新宿駅 - 東京駅 - 品川駅 - 新宿駅 - 池袋駅 - 田端駅 - 上野駅間で「の」の字運転が開始され、この頃から現在の赤羽線区間が山手線枝線の運行形態になった。 ので一時中断したが、までこの形態は続いた。 (14年)11月1日に東北本線の - 間が完成し、東京 - 上野間が高架で複線化された時に中央線への乗り入れは中止され、環状運転が開始された。 この時、京浜線も田端まで延伸されている。 戦後、復興に伴う輸送量の増大で山手線、京浜線とも増発が行われ、から共有だった両者の線路(田端駅 - 田町駅間:11. 7 km)を分離し、内側を環状運転を行う山手線、外側を往復運転を行う京浜東北線(分離時に改名)が走るようになった。 (47年)には、当初山手線本線であった赤羽駅 - 池袋駅区間の線路名称が赤羽線に変更された。 赤羽線は山手線の本線として運営されてきたため池袋駅では10両編成化に伴う新ホーム設置(現行3・4番線)までは山手線外回り始発電車ホーム(現行8番線)を発着していた。 ラインカラーもかつて山手線で使われていた「カナリア(黄色)」が、山手線が「ウグイス(黄緑色)」に塗装変更された後も使われた。 (昭和60年)、赤羽線はの一部として運行される現在の形態に移行した。 車両は1960年代初めまではが使用使用されていたが、(昭和36年)からカナリア色のが使用された。 その後(昭和38年)からウグイス色のが主力となったが、老朽化のため(昭和63年)6月で運行を終了し、にすべて置き換わった。 この時導入されたサハ204形が6扉車の初めである。 この後に置き換わったが 、6扉車はサハE230形500番台として継承された。 しかし、設置のため6扉車は2011年(平成23年)9月4日に全車運用を離脱し 、廃車となった。 (平成27年)からはが運行を開始した。 (5年)• : 官設鉄道 品川駅 - 横浜駅間鉄道仮営業。 品川駅開業。 :新橋駅 - 横浜駅間本開業。 新橋駅(初代)開業。 (明治16年): 日本鉄道 上野駅 - 間開業。 上野駅開業。 (明治18年)• 83 km)開業。 :日本鉄道品川線 目黒駅・目白駅開業。 (明治23年)• :日本鉄道 上野駅 - 秋葉原駅間貨物線開通。 秋葉原駅(貨物駅)開業。 (明治27年)8月:後の大井聯絡所と後の大崎駅を結ぶ軍用線が竣工開業(1901年貨物線となる)。 (明治29年):日本鉄道 田端駅開業。 (明治34年)• :日本鉄道山手線 大崎駅・恵比寿駅(貨物駅)開業。 :官設鉄道 大井聯絡所 - 大崎駅間で貨物列車運行開始。 45 km)が正式に開業。 :日本鉄道が定款を変更し、品川線(品川駅 - 赤羽駅間)と豊島線(池袋駅 - 田端駅間、この時未開業)を統合し 山手線とする。 (明治35年)• :日本鉄道山手線 目白駅 - 間に池袋信号所を開設。 9 M)。 (明治36年)4月1日:日本鉄道山手線 池袋駅 - 田端駅間(3. 31 km)開業(複線)。 池袋信号所を駅に変更し池袋駅開業。 大塚駅・巣鴨駅開業。 (明治37年)11月:日本鉄道山手線 新宿駅 - 池袋駅間。 (明治38年)• 4月1日:日本鉄道 日暮里駅開業。 :日本鉄道山手線 赤羽駅 - 板橋駅間に(貨物駅)開業。 10月:日本鉄道山手線 渋谷駅 - 新宿駅間複線化。 (明治39年)• :日本鉄道山手線 十条駅(貨物駅)廃止。 9月23日: 代々木駅開業(山手線には駅が設置されず通過。 10月1日国有化)。 10月:日本鉄道山手線 大崎駅 - 渋谷駅間複線化。 :日本鉄道山手線 原宿駅開業。 恵比寿駅が旅客営業開始。 国有鉄道時代 [ ] からの間に撮影された• 1906年(明治39年)• :日本鉄道が国有化。 (明治42年)• :制定。 赤羽駅 - 品川駅間、池袋駅 - 田端駅間、貨物支線 大崎駅 - 大井聯絡所間を 山手線(東北線の部)とする。 :大崎駅 - 品川駅間複線化。 :東海道本線 品川駅 - 烏森駅(現在の新橋駅)間開業。 山手線 田端駅 - 池袋駅間、赤羽駅 - 品川駅間電化。 上野駅 - 新宿駅 - 品川駅 - 烏森駅、赤羽駅 - 池袋駅間に電車運転開始。 代々木駅停車開始(の駅として1906年に既に開業)。 (明治43年)• 4月1日:田端駅 - 池袋駅間複線化。 :東海道本線 烏森駅 - 有楽町駅間開業。 :山手線 高田馬場駅開業。 東海道本線 有楽町駅 - (後に)間開業。 :駒込駅開業。 (明治44年):五反田駅開業。 (明治45年):鶯谷駅開業。 (3年)• :代々木練兵場(現在の)にての大葬が行われたのに伴い、葬場殿を開設、引き込み線の形で原宿駅 - 葬場殿仮停車場間(0. 64 km)開業(同月廃止)。 11月15日:新大久保駅開業。 :東海道本線 東京駅開業。 大井聯絡所を駅に変更し大井町駅開業。 新橋駅を汐留駅と改称し、烏森駅を新橋駅とする。 (大正5年):貨物支線 大崎駅 - 大井町駅間(0. 45 km)廃止。 (大正7年):品川駅 - 大崎駅間複々線開通、山手線化の開始。 (大正8年)• 3月1日:中央本線と接続し中野駅 - 東京駅 - 品川駅 - 池袋駅 - 上野駅間で「『の』の字運転」開始。 神田駅開業。 : 五反田駅 - 目黒駅間に上大崎仮信号所を開設。 (大正11年)4月1日:信号所を信号場に変更。 (大正12年)9月1日:で有楽町駅・新橋駅・浜松町駅・鶯谷駅・上野駅焼失。 平常時の運転に復旧(東京駅への乗り入れは1924年1月13日以降)。 (大正14年)• 3月28日:品川駅 - 池袋駅 - 田端駅間の電車専用線複線化完成(客貨分離)。 4月26日:山手線複々線開業式、新宿駅新駅舎落成式挙行。 11月1日:東北本線 神田駅 - 上野駅間開業。 秋葉原駅が旅客営業開始。 御徒町駅開業。 環状運転開始。 (2年)• 2月25日:山手線電車区間(池袋駅 - 赤羽駅間は除く)荷物専用電車運転開始。 :高田馬場駅 - 新大久保駅間に戸山ヶ原信号場開設。 (昭和4年):品川駅 - 大崎駅間にを開設。 (昭和5年)4月1日:マイル表示からに変更(赤羽駅 - 品川駅間 13. 9 km、池袋駅 - 田端駅間 3. 2 km)。 (昭和10年)• 11月1日:上大崎仮信号場廃止。 11月15日:戸山ヶ原信号場廃止。 (昭和20年)• 4月13日:下のにより田端駅・鶯谷駅・駒込駅・高田馬場駅・池袋駅などの駅と池袋電車区焼失。 5月24日:空襲により五反田駅・恵比寿駅など焼失。 :空襲より東京駅など焼失。 山手線全線不通。 :運転を再開。 (昭和24年):日本国有鉄道発足。 (昭和31年):田端駅 - 田町駅間線増完成。 京浜東北線と分離運転開始(ただし早朝・深夜と日中は同一線路を共用)。 (昭和36年)9月:を投入。 車体色はカナリア・イエロー。 (昭和38年)12月:を投入。 車体色をウグイスに変更。 (昭和40年)7月:目黒川信号場廃止。 (昭和43年):10両編成運転開始。 (昭和44年)4月:車体をウグイス色に統一。 (昭和45年):国電山手線初の103系冷房車運行開始。 (昭和46年)• :路線名の読みを「やまてせん」から「やまのてせん」に統一。 :西日暮里駅開業。 10両編成に統一。 (昭和47年):山手線を東北線の部から東海道線の部に移し、区間表示を品川駅 - 新宿駅 - 田端駅間 20. 6 km に変更。 池袋駅 - 赤羽駅間 5. 5 km はとして分離。 (昭和56年): ATC ・使用開始。 (昭和60年):国電初の通勤形車両、が山手線で使用開始。 (昭和62年)• 4月1日:により東日本旅客鉄道の路線となる。 8月:の主催によるイベント列車「RAIL TRAIN YAMANOTE」運転。 (昭和63年)• :で日中の快速運転を開始。 京浜東北線と終日分離運転。 : 205系増備完了に従い、103系が山手線での使用終了。 さよならイベントをで実施。 (2年)• :6ドア車サハ204形900番台試作車を1編成に2か所連結。 6ドア車は平日の朝10時まで座席を収納。 :6ドア車でサービス開始。 この年、山手線で初めて車内広告が1社で統一される運転開始(先頭車の正面にヘッドマークを掲出)。 1995年に2編成あるうちの1編成のヘッドマークを変更(後に再変更)。 205系のADトレインの歴代ヘッドマーク4個はすべて消滅。 :国際鉄道安全会議を記念して「TECH TRAIN」をまでの土・日曜日に運転。 1日3往復で、運転終了後は池袋駅で展示された。 使用車両は103系で、先頭車に京浜東北線から、中間車にからの車両を組み込んだ編成で運転された。 車内にはJR東日本の安全への取り組みや鉄道に関する資料や模型などが展示された。 なお、この時は山手線はすべて205系で運転していたため、2年4か月ぶりに山手線に103系が運転されることになる。 (平成3年):6ドア車サハ204形0番台量産車の10号車への連結を開始し、一週間ほどで全編成が11両編成となる。 11両化された編成の先頭車前面には「 11CARS」のステッカーが貼り付けられたが、ステッカーは1997年までに全編成から取り外された。 (平成4年)• :全編成への設置を開始(翌年2月ごろまでに設置終了)。 8月1日:全駅で喫煙所以外での終日禁煙を実施。 (平成10年) : ATOS 使用開始。 2000年代以降の動き [ ] E231系500番台引退記念ヘッドマーク付きトウ506編成(2020年1月)• (平成12年):からへのカウントダウンとして臨時列車「21GO」を翌年まで運転。 使用車両は列車名にちなみ。 (平成13年)• :みんなの地球をみんなで考えるエコロジーキャンペーンの一環として「エコトレイン2001」を、通常はで使用されている48番編成で4月20日まで運転。 両端の車両全面にステッカー貼付。 12月1日:山手線で初めて「」を開始。 (平成14年):が山手線で使用開始。 (平成17年):E231系500番台増備完了に従い、205系が山手線での使用終了。 (平成18年):使用開始。 (平成19年)• :D-ATC化後初のダイヤ改正 で、1周最速59分(起終点駅での停車時間を除く)に所要時間短縮。 朝ラッシュピークに外回りを1本増発。 平日日中の運転本数を4分おきにするなど、全体的に運転間隔を見直し。 : JRの在来線として初めてデジタル列車無線を導入。 (平成21年) - :「山手線」の命名100周年 を記念して、E231系500番台トウ502編成に、昭和30年代に運転されていた旧形国電カラーリング(ぶどう色2号)を模したラッピング編成が登場した。 なお、このラッピング編成はの車体広告車も兼ねていた。 (平成22年)• :平日朝の6ドア車での座席収納を終了。 22日以降は終日座席が使えるようになる。 6月26日:恵比寿駅での使用を開始。 ただし7・10号車部分は4ドア車と6ドア車が混在していたため設置されず。 :目黒駅で7・10号車部分を除いてホームドア使用開始。 (平成23年)• :全編成が全車4ドア車となる。 :恵比寿駅・目黒駅の7・10号車部分でホームドア使用開始。 (平成24年):大崎駅でホームドア使用開始。 (平成25年):池袋駅でホームドア使用開始。 5・8番線は発車本数が少ないため設置対象外。 (平成27年)• :神田駅 - 秋葉原駅間で、用途廃止となり撤去工事中であった架線柱がを超えて線路内に倒れ込む事故が起こる(重大)。 当該架線柱の傾斜は、同月10日の深夜から現場では認識されていたが、情報の取り扱いとその後の判断が悪く倒壊を防げなかった。 この影響で山手線と京浜東北線が長時間にわたって運転見合わせとなり、41万人に影響が及んだ。 :が山手線で運用開始。 (平成28年):目黒駅からの使用を開始。 路線記号は「JY」。 その数日後から他の複数駅でもナンバリングの使用を開始。 (平成30年):車内にを設置したE235系の運行を開始。 (平成31年・元年)• : ATO による自動運転実験を未明に実施し、報道各社に公開。 11月16日:新駅設置工事に伴う線路切換え工事のため、上野駅 - (東京駅経由) - 大崎駅間を初電から16時過ぎまで運休。 (令和2年)• :E231系500番台の営業運転が終了。 :京浜東北線と共に田町駅 - 品川駅間にが開業。 路線名称の変遷 [ ] 時期 品川 - 池袋 池袋 - 赤羽 池袋 - 田端 田端 - 上野 上野 - 秋葉原 秋葉原 - 東京 東京 - 品川 -1901年 品川線 豊島線(未開業) 第一区 秋葉原線 (未開業) 東海道線 (烏森 - 品川) 1901年- 山手線(本線) 山手線(支線・未開業) 1903年- 山手線(支線) 1906年2月- 本線南区 1906年11月- 日本線(山手線 本線) 日本線(山手線 支線) 日本線 1909年- 山手線(本線) 山手線(支線) 東北本線 東海道本線 (有楽町 - 品川) 1914年- 東北本線 東海道本線 1972年- 山手線(本線) 赤羽線 山手線(本線) 1985年- 赤羽線(埼京線) 運行形態 [ ] 東京駅の発着本数(平日朝) 山手線と中央線快速の比較 時間帯 山手線 中央線快速 内回り 外回り 東京駅発着 7時台 21本 19本 17本 8時台 23本 24本 28本 9時台 21本 22本 23本 環状運転時の205系側面方向幕 山手線は、首都から放射状に伸びる鉄道網の起終点となる主要を結ぶ首都内完結路線として 、高頻度の運転を実施している。 複数の線区(山手線・東北本線・東海道本線)を走ることや、運行形態が環状運転であるため、は 上り・ 下りではなく 外回り・ 内回りという表現が旅客案内に用いられる。 運転本数は都心部の旅客需要を満たすため非常に多く、朝夕ラッシュ時は約2 - 3分間隔、日中時間帯は約4分間隔で運行されている。 ただし、始発・最終付近(早朝・深夜)は運行間隔が広がる。 非常に高頻度のダイヤとなっているが 、平日朝の本数はよりも少ない。 これは、など利用者の多い駅での乗降に時間を要し、山手線の運転間隔を短縮できないためである。 中央線快速でも新宿駅では乗降に時間を要しているが、一方向につき1面2線のホームを設け、先行列車と後続列車を別々の番線に振り分けて乗降を行うができるが、山手線ではこれができないためである。 当路線には列車種別設定がなく、すべての電車で停車駅パターンは一定で、が組まれている。 1周34. 5 kmにかかる時間は日中(b速)の場合は59分(起・終点駅での停車時間を除く)である。 当路線自体には列車種別設定がないが、が快速運転する日中の時間帯には並行区間で山手線が各駅停車の役割となる緩急分離運転が実施されている。 快速停車駅間、特に - 方面間、上野駅 - 方面間、 - 方面間、東京駅 - 浜松町方面間の各区間乗車の場合、京浜東北線快速を利用した方が速いが、運転間隔が異なるため京浜東北線を利用しても必ずしも早く到着するとは限らない。 同様の環状運転を行うとは異なり、直接他線区から乗り入れ種別が変わったり、途中駅で折り返して反対方向に運転したりする電車はない。 一度運用についた電車は、基本的には終日同じ方向への環状運転を行っている。 途中駅が終点となる電車は、平日午前中の池袋行きと毎日夜間の品川・大崎行きのみである。 また、途中駅が始発となる電車は、毎日朝方の田町発と、平日午後の池袋発がある。 は、ダイヤ上の分界駅であるを基準としている。 したがって、山手線を約1時間かけて1周した電車は、大崎駅で列車番号の「大崎駅発時」部分を変えて引き続き運転される(ただし、大崎行きの電車を除く)。 なお、他の駅が始発となる電車で大崎駅を00分以前に発車する電車は「始発駅発時(24時間)」を-1する。 山手線は平日には外回りが328本、内回りが322本、計650本が1日に運行されている。 土曜・休日には外回り297本、内回り286本の計583本になる。 2007年3月18日の改正で外回りでは平日の朝ラッシュ時に1本増発、夕方ラッシュ時に1本削減し全体での運行本数は変わらず、休日も変動はなかったが、内回りは平日は4本、土曜・休日は5本の削減となった。 この改正以降、2分20秒間隔で1時間25本を運行している。 改正前日の17日までは2分30秒間隔で24本の運行であった。 これは車両が205系からE231系になり、がになったことで1分 - 1分40秒短縮することができたためである。 山手線 始発・終着電車数 各駅・各時間帯別の内訳(2007年3月18日改正) 項 目 \ 時 間 帯 平日ダイヤ 土曜・休日ダイヤ 内回り 外回り 内回り 外回り 始発 終着 始発 終着 始発 終着 始発 終着 大崎 池袋 大崎 池袋 田町 大崎 池袋 品川 大崎 池袋 田町 大崎 池袋 品川 大崎 池袋 田町 大崎 池袋 品川 04- 05 7 2 0 0 0 0 4 1 2 0 0 0 6 2 0 0 0 0 3 1 2 0 0 0 06- 07 8 5 2 0 0 0 17 0 1 0 0 0 3 2 0 0 0 0 5 0 1 0 0 0 08-10 0 0 0 7 2 0 0 0 0 8 2 0 2 2 2 0 0 0 7 0 0 0 0 0 11-14 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 15-17 3 2 0 0 0 0 4 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 18-22 0 0 0 7 0 0 0 0 0 3 1 0 0 0 0 7 3 0 0 0 0 7 0 0 23- 01 0 0 0 6 2 5 0 0 0 7 4 5 0 0 0 3 1 5 0 0 0 4 3 5 小計 18 9 2 20 4 5 25 2 3 18 7 5 11 6 2 10 4 5 15 1 3 11 3 5 計 29 29 30 30 19 19 19 19 例外的な運用として、後述のリフレッシュ工事の日で田端駅 - 田町駅間を京浜東北線と線路を共有する時間帯は、この区間の運転本数を削減するために池袋駅と大崎駅の間を往復する電車が5本に1本程度設定される。 このため、大崎駅 - 田町駅間および池袋駅 - 田端駅間は運転間隔が少し長くなる。 また、に山手線と京浜東北線の線路が分離され、両線とも運転本数が増やされたが、増えた車両数に対応する車庫の建設が追いつかなかったため、一部電車を京浜東北線のや下十条電車区(現在の)に留置させる必要が生じ、京浜東北線へ乗り入れる行きや行きとして運転した上で入庫させていた。 この列車はに品川電車区(現・東エリア)が完成したことにより廃止された。 毎年の休日(ほとんどは)に途中無停車のが運行されている。 これは大崎周辺まちづくり協議会主催によるイベント「しながわ夢さん橋」の企画として運行されるもので、大崎駅から出発し山手線を1周して大崎駅に戻るものである。 2006年までは内回り方向、2007年以降は外回り方向で走っている。 これ以外にも、8月最後の土曜日の一般公開と合わせて、が企画するツアーの申込者を限定とした団体列車が運転されることがある。 これも「しながわ夢さん橋」企画と同じく、大崎駅出発で途中駅をすべて通過し、大崎駅へ戻る臨時列車である。 この他にもに運行された「山手線開業120周年」記念列車も途中ノンストップであった。 大晦日から元旦にかけてのは、外回りが10分間隔、内回りが12分間隔で運転される。 この時、原宿駅では参拝客用臨時ホームが利用されていた。 現在は臨時ホームを拡幅する常設化工事を実施している。 2020年3月21日に新駅舎とともに供用開始され、原宿駅は変則相対式の2面2線のホーム体制となった。 使用車両 [ ] 現在の使用車両 [ ] E235系(2018年6月9日)田端駅 - 駒込駅 所属の 電車が使用されている。 E235系電車は、から運用を開始した。 1月20日を最後に、が営業運転を終了し 、山手線はすべてE235系に統一された。 VIS [ ] E231系の導入によりが表示できるようになった。 各ドア上部にはVIS表示用の LCD が2つずつ設置されている。 右側の画面は次駅案内や所要時間(半周分のみ、目安30分以内)、近隣自社および主要他社・局路線の遅延状況、工事予告などが表示される。 左側の画面は、や、、速報、情報が流れる(を参照のこと)。 液晶ディスプレイ自体は205系時代からあったが、文字と映像しか放送できなかった。 E231系車内の運行情報画面 山手線トレインネット・山手線チェックイン機能 [ ] 2014年3月から、向け情報配信サービス「山手線トレインネット」がJR東日本アプリのコンテンツとして始まった。 対応列車内では音波によって、スマートフォンで号車別混雑率や室温、次の駅のホーム出口位置など、号車・乗車位置に応じた情報を受け取れる。 2014年度内に山手線全列車で対応するよう車両の改造工事が進められた。 また、1年後の2015年3月には、音波ビーコンにより号車・乗車位置を特定する機能を「山手線チェックイン機能」と称し、他社のスマートフォンアプリに開放することが発表された。 発表段階では、とが当該機能を利用するサービスを展開することを表明している。 防犯カメラ [ ] 2018年5月19日から車内にが設置されたE235系の運行が開始された。 JR東日本は2020年までに山手線の全車両に防犯カメラを設置する。 防犯カメラはドアの上のディスプレイの右側に設置され、片側に2台、1車両で合わせて4台設置され車内全体を監視することができるようになっている。 過去の使用車両 [ ] 以下はすべて電車。 - 承継車。 電化当初に使用。 - から運用を開始したが、運用終了時期は不明• - 1911年から1925年の昇圧まで使用。 ・・・・ - 16 級木造車。 1911年から1925年の昇圧まで使用。 ・ - 1921年製の16 m級木造車。 - 9月 から頃に使用。 車体色は。 - 12月 からまで使用。 車体色は色。 10両全部が冷房車の編成はほとんどなく、中間の3 - 4両は非冷房車だった。 - から2005年まで使用。 銀色のステンレス車体に色帯。 から試験的に6ドア車の連結を開始し、からすべての編成の10号車に6ドア車を増結して11両編成となった。 - から順次営業運転を開始し 、2005年4月17日までに全52編成が出揃った。 1月20日を最後に営業運転を終了し 、同年1月24日に最後の運行編成となったトウ506編成が改造のため東京総合車両センターに入場した。 引退記念ヘッドマーク付きのE231系500番台(2020年1月) キセル編成 [ ] キセル編成とは、103系時代に存在した、中間車が非冷房車で、先頭車が ATC が搭載されている冷房車でありながら冷房が使えなかった編成のことである。 冷房を使用するためには大きな出力の MG が必要だが、中間車の非冷房のモハ102には冷房に対応するMGが搭載されていなかった。 一方で当時山手線ではATCの整備が進められていて、両端の先頭車は(ATCを搭載した)冷房付きの新車であることが多かった。 このため先頭車は冷房車であるが、MGが対応できていないために冷房が使えないということが発生した。 6ドア車 [ ] 205系の10号車、E231系の7・10号車には片側が6ドアの車両が連結されていた。 平日の始発から朝10時までは混雑緩和のため座席が収納され使用できないが、朝10時を過ぎた時点で座席を使用することができた。 しかし、山手線の混雑緩和が進んだことからからは座席収納を取り止め、座席の利用が終日可能になった。 なお、のの設置に伴い、までに6ドア車が4ドア車へ完全に置き換えられた ほか、ホームドア対応機器の設置が予定されている。 この置き換えのため、4ドアの付随車104両が新造されている。 この付随車は1人当りの座席幅を既存車より10 mm広い460 mmとし、台車や空調、などは廃車流用品を用いている。 東京総合車両センター品川派出所• 東京総合車両センター池袋派出所 山手線一周の線路・沿線の概況を、品川駅を起点に外回り方向に記述する。 なお近接する地下鉄路線は原則省略する。 品川駅 - 新宿駅間 [ ] とが接続するを出ると、京急本線と(第一京浜)をくぐり、500 mほど・・・東海道新幹線と並行して掘割を南方向へ進む。 やがて大きく右へカーブして東海道線・京浜東北線と分かれて横須賀線・東海道新幹線とともにを渡る。 その先、横須賀線上にある旧で、新宿・池袋方面発着の特急「」が走行する山手貨物線が横須賀線から分岐。 横須賀線()・東海道新幹線が左方向へ離れ、山手貨物線は以降、田端駅手前まで電車線に並行する。 車両基地であるからの引込線が左手から合流すると。 山手貨物線を挟んで西側には品鶴線に繋がっているがあり、その線路上に・・のホームが設けられている。 大崎駅を出ると大崎支線が山手貨物線に合流し、湘南新宿ラインや埼京線電車などは同貨物線を走行する。 北西方向へ進み、目黒川を再度渡ると、西側から伸びてくるのホームをくぐり、へ。 同駅は()を跨ぐ形で設けられている。 をくぐり北方向に進路を変えると、駅ビルの直下に設けられた。 地下ホームに発着する・・との接続駅である。 をくぐって北進すると山手貨物線が電車線の下をくぐって左側から右側へ移る。 の西側を抜けると。 同駅は(8年)に山手貨物線ホームが設けられ、(平成14年)のりんかい線開業まで埼京線の起点駅となっていた。 を跨ぎ、北北西に進むと都心西側のターミナル駅の一つであるに至る。 JRの駅は山手貨物線ホームと電車線ホームが大きくずれた場所にあるが、2020年6月1日にホームが並列となる。 また電車線ホームの直上にとホーム、直下にが交差しており、電車線ホームの西側にの駅がある。 このほか地下には・、・なども乗り入れている。 駅周辺はのである。 渋谷駅を出ると()や(地下)に沿って北上し、の東側に差し掛かるとに至る。 明治神宮の最寄り駅であり臨時ホームが設けられているほか、北側の山手貨物線上には皇室専用ホーム(原宿駅側部乗降場)がある。 また駅東側のは商店街となっている。 明治神宮沿いを北上し、をくぐると山手線内側(右側)からの(、)が現れて電車線と山手貨物線の間に入り、山手線電車と中央・総武線各駅停車が停車するへ。 同駅を出るとすぐに新宿駅構内の南端に差し掛かり、左側からが近づく。 そしての脇を抜けて中央・総武緩行線の西行線が山手電車線を跨ぐと、都心西側のターミナルの一つであるに至る。 駅構内の中ほどで東西方向に伸びる()が跨いでいる。 駅西側にはとの駅があり、それぞれ・を併設。 またJRの駅舎もデパートの・を併設している。 駅西側は高層ビルが立ち並ぶのビジネス街、東側はやの繁華街が広がっている。 新宿駅 - 田端駅間 [ ] 新宿駅を出ると「」で()を跨ぐ。 の西側で山手電車線が中央快速線を跨ぎ、中央本線が北西方向へ分かれていく。 ここから高田馬場駅までと並行する。 (大久保通り)を跨ぐ手前にがある。 周辺にはが広がり、中央・総武緩行線のとは300 mほどの距離である。 病院や学校が立ち並ぶ中を北上すると学生の街・にある。 山手貨物線にはホームが無いが、西武新宿線との接続駅となっている。 ()と、西へ向かう西武新宿線を跨ぐと北北東に進み、の西側に位置する。 駅のすぐ北でをくぐる。 西側から現れたをくぐり、同線と並行すると都心北西部のターミナルで渋谷・新宿と並ぶの繁華街に囲まれた池袋駅に至る。 JRの駅の西側に、東側に西武池袋線の駅があり、・を併設。 また山手線の運行上の拠点の一つであり、車両基地()への引込線が分岐している。 池袋駅を出ると、山手貨物線から埼京線()が分岐し、山手線(電車線と山手貨物線)は東へと方向を変える。 をくぐり、住宅街の中を東南東へ進むとまずがある。 同駅では東京都心で唯一となった・と接続する。 続いて掘割を東北東へ進み、()をくぐると。 「とげぬき地蔵」ことの最寄駅で、周辺には高齢者でにぎわうがある。 さらに掘割を進むと()をくぐると。 同駅は都立の最寄り駅となっている。 山手線電車線で唯一のを通過すると、湘南新宿ラインが走行する山手貨物線が電車線の下から中里トンネルを潜り左側にカーブして離れ、電車線は反対に右側にカーブし上野方面を目指す。 左側から現れた高架の・・新幹線(以降まとめて「東北新幹線」)と並行し、京浜東北線の北行・南行線路の間に挟まれる形で25 の勾配を下ると。 周辺には新幹線の車両基地や貨物列車用のが広がっている。 田端駅 - 東京駅間 [ ] 田端駅から東京駅までは、正式にはの電車線を走行する区間となり、山手線電車は京浜東北線の北行・南行線路に挟まれて南へ進む。 田端駅を出ると800 mほどでと接続する。 同駅手前から左側の東北新幹線の向こう側に複々線の東北列車線(・)の線路が現れて並行し、西日暮里駅を出てさらに進むととが東側から現れてに至る。 同駅では他にも接続するが、宇都宮線・高崎線に駅は無い。 また東北新幹線は同駅付近から地下に潜る。 日暮里駅から上野駅までは山手線、京浜東北線、宇都宮線・高崎線、常磐線を合わせて10本5複線の線路が並行しており、これらの線路を京成本線が跨ぐ。 ()を潜ると東側にあるの脇に差し掛かり、山手・京浜東北線のへ。 公園沿いに右へカーブし、宇都宮・高崎、常磐の各線の線路が高架線と地上線に分かれると、東北・信越各方面へのターミナル駅であるに至る。 宇都宮線・高崎線と常磐線はかつて同駅を運行上の起点としていたが、(平成27年)3月14日にはこれらの線路が東京駅まで繋がった()。 また地下には東北新幹線のホームもあり、かつては新幹線も上野駅を始発駅としていた。 駅西側には上野恩賜公園が広がり、京成本線は同公園の地下を通ってJR上野駅南西にあるに発着している。 上野駅を出ると山手線は京浜東北線・東北新幹線と並行して高架上を南下し、東京駅を目指す。 左側には上野東京ラインの線路がある。 また100 mほど東側にが並行している。 右側のに沿い、()を跨ぐと。 そのまま市街地の中を南下すると、総武緩行線との交差地点にあるへ。 駅周辺のはとなっているほか、関連の店も並んでいる。 また常磐新線として建設されたが同駅の地下に発着している。 秋葉原駅からは東北新幹線が地下から地上に現れ、駅を出るとすぐに神田川を渡る。 を跨ぐと山手線内側から中央線が近づき、国道17号()を跨いで。 上野東京ラインは同駅付近では新幹線のさらに上の高架を通る。 上野東京ラインが山手線と同じ高さまで下りると、をくぐり、今度は右側の中央線が高々架に上がる。 また北東側からは地下を走るが近づく。 そして()を跨ぐとに至る。 同駅は東北新幹線・東海道新幹線と東海道線・中央線、地下ホームに発着するの始発駅となっているターミナル駅で、さらに正式な路線名としては東北本線・の起点でもある。 側(口)には赤レンガ駅舎を備え、反対側の口では高層ツインタワーのが建設されるなどのリニューアルが進められている。 東京駅 - 品川駅間 [ ] 東京駅から品川駅までは正式にはの区間となり、引き続き京浜東北線に挟まれてが林立する中を南南西方向へ進み、左側には東海道線(列車線)と東海道新幹線が並行、また地下には総武快速線と直通運転を行う横須賀線の線路が通っている。 の東を通り過ぎると。 駅の東側にはの繁華街が広がっている。 (マリオン)の横を過ぎると、新幹線のさらに左側に(KK線)が並行し、同道路が左にカーブして離れるとに至る。 同駅の南東はかつての初代新橋駅、後のの跡地であり、現在は汐留シオサイトとして再開発が行われている。 新交通の起点駅もその中に位置している。 また新橋駅は東京駅 - 品川駅間の中間駅で唯一、東海道線・横須賀線にホームがある。 新橋駅の北東で山手線を含む各線路を支える「新永間(しんえいかん)市街線高架橋」は明治43年(1910年)に建てられたで、に選定されている。 新橋駅を出ると国道15号(第一京浜)を跨ぎ、高架から地平へと降りる。 左側にゆりかもめが並行し、それが方面へ離れていくと、であるとの接続駅である。 駅のすぐ東には、1 kmほど西側にはが位置する。 また500 mほど東側は海()であり、山手線で最も海に近い駅である。 浜松町駅を出るとすぐに東京モノレールが右側から左側に移り、首都高速都心環状線をくぐる。 モノレールは次の田町駅手前まで並行し、またモノレールの下には休止路線となっているの用地が続く。 緩やかにカーブして南西方向を向くと、モノレールが別れていきに至る。 田町駅を出て再びカーブして南へ向くと東海道線の上下線の間が離れ、間に同線の留置線が広がる。 また同留置線の横で京浜東北線北行線路が山手線の外側へ移り、方向別複々線から線路別複々線に変わる。 その直後にに入る。 山手線内側にはビル群を挟んで国道15号が並行。 右側でに直通する京急本線が地下から高架に、左側で横須賀線線路が地上に上がると、東海道線の上下線が近づいて品川駅に至る。 設備 [ ] 線路と線路上の設備 [ ] 山手線は、線路名称としての山手線区間(品川駅 - 田端駅間)に加え、東北本線区間(田端駅 - 東京駅間)と東海道本線(東京駅 - 品川駅)の線区を走行する。 これらの他線区区間でも、山手線は専用の独立複線上を走行する。 並行する独立した線路を有する運転系統と区間 山手線と並行する区間のみ記載。 ( )内の駅は、山手線と並行するものの連絡する駅施設がない駅。 山手線区間• (複線) : 田端駅 - 品川駅間• : 田端駅 - 池袋駅 - 新宿駅 - 渋谷駅 - 大崎駅間• : 池袋駅 - 新宿駅 - 渋谷駅 - 大崎駅間• (複線) : 新宿駅 - (代々木駅)間• (複線) : 新宿駅 - 代々木駅間• (複線) :東京駅 - 上野駅間• ・(複線) : 上野駅 - (日暮里駅)間• (複線) : 上野駅 - 日暮里駅間• (複線) : 東京駅 - 上野駅 - (田端駅)間• (複線) : 田端駅 - 東京駅間• 田端駅 - 東京駅間は、各駅で京浜東北線と山手線が同一ホーム上で同一方向の電車が発着する方向別配線となっており、京浜東北線が外側、山手線が内側である。 両線が各駅停車で運転する時間帯は同一ホーム上での先発列車に乗車ができる。 また、京浜東北線が快速運転する時間帯では、各駅停車の山手線との同一ホーム上での緩急乗り換えが可能であるが、運転間隔や停車時間の関係で必ずしも快速が先着するとは限らない。 中央線(複線) : 東京駅 - 神田駅間• (複線) : 東京駅 - 新橋駅 - 品川駅間• (複線) : 東京駅 - 新橋駅 - 品川駅間• (複線) : 東京駅 - 品川駅間• 京浜東北線(複線) : 東京駅 - 品川駅間• このうち、東京駅 - 田町駅間は、各駅で京浜東北線と山手線が同一ホーム上で同一方向の電車が発着する方向別配線となっており、京浜東北線が外側、山手線が内側である。 両線が各駅停車で運転する時間帯は同一ホーム上での先発列車に乗車ができる。 また、京浜東北線が快速運転する時間帯では、各駅停車の山手線との同一ホーム上での緩急乗り換えが可能である。 なお、品川駅や高輪ゲートウェイ駅は配線の都合上山手線と京浜東北線のホームが独立しているため、京浜東北線の快速は田町駅にも停車し、乗り換えの案内も田町駅と品川駅で行われる。 山手線リフレッシュ工事中の発車標(秋葉原駅)。 京浜東北線のホームを使い、交互に運転されている。 に京浜東北線で日中に快速運転が開始されるまでは、田端駅 - 東京駅 - 田町駅間(厳密には田端駅南側の渡り線と田町駅北側の渡り線との間)で日中の閑散時間帯に同線の電車と交互に同一の線路を走行させ、使っていない側の線路で保守工事を行っていた。 使用する線路は1か月ごとに交代していた。 その後も年に数日程度「リフレッシュ工事」と称してこの区間の保守点検作業を日中10 - 16時頃の間に行うことがあり、その間は京浜東北線も各駅停車で運転して、山手線と京浜東北線が同一の線路を走行する。 そのために山手線11両編成化後はこの区間の京浜東北線ホームも11両対応に改修された。 なお、両線の転線は現在でも田端駅・田町駅のポイントで行われている。 はが採用されている。 はが用いられている。 は、貨物線のものを除けば、田端駅 - 駒込駅間の「第二中里踏切」が唯一のもので、に指定されている。 これについて地元の東京都は、第二中里踏切改良検討会を設置して踏切改良の検討をJR東日本と協議している。 東京都北区は、2019年度に国と東京都ならびにJR東日本の三者とともに調整や協議をし、地元への説明を行ったうえで、2020年度に国土交通大臣へ地方踏切道改良計画の提出を目指す。 なお、までは池袋駅 - 目白駅間に「長崎道踏切」が、さらにその前には「第一中里踏切」が第二中里踏切の駒込寄りに存在していた。 は、アメリカ橋()などがある。 (隧道)は、かつて駒込駅 - 田端駅間に「道灌山隧道」、目黒駅 - 五反田駅間に「永峰隧道」があったが、現在は環状運転線上からは消滅している(貨物線のトンネルは)。 各駅の設備 [ ] 各駅には乗車位置の案内が掲示されている。 東京の路線の乗車位置案内は・では駅に多数掲示されているが、JR東日本では珍しい例となった。 その後、ドア幅より長い乗車位置テープが設置され、京浜東北線など他路線でも色違いの同型が採用された。 各駅のホームにはが掲示されているが、始終発の時刻しか掲載されておらず、余ったスペースを出口や乗換案内に活用している。 また、早朝や深夜以外は運転間隔が短いので、式はホーム以外に設置されていない駅が多い。 ホームドアの導入 [ ] 恵比寿駅に先行設置されたホームドア。 6ドア車連結位置は未設置。 山手線では、から可動式ホーム柵()の導入を進めており、2020年3月現在では、24駅で設置が完了している。 それに伴い、列車を駅の定位置に停車させるシステムである(TASC)を車両側と地上側 とで導入している。 山手線でのホームドア導入を決定した理由には以下の理由がある。 JR東日本の路線の中でも利用者が多く、ホーム上での事故などが多発している• 山手線を走行する車両の種類・形式が統一されている• 他社線や他線区からの車両の乗り入れがない JR東日本はに発表した『グループ経営ビジョン2020 -挑む-』と称した方針の中で、乗客のホームから線路への転落事故を防止するため、JRの在来線としては初となるホームドアの導入を明らかにした。 その後の発表と総合すると、駅の大規模改良が予定されている、、、、を除く全駅で度末までの設置を目指しており、2008年の定例会見において、ホーム構造・幅員などの特徴や乗務員の取扱い誤り防止などの観点により、・の両駅を先行導入箇所とし、約2年の検証期間を経た後に、山手線各駅への導入を進めることになり、2010年度には、両駅でホームドアの使用を開始した。 その後、2012年度には・で、2013年度には・・・・・・ 、2014年度には・・・・・・ 、2015年度には、、、、、2016年度にはに導入されている。 これに関連して、の開業による混雑率の低下および - 間で乗り入れる可能性がある京浜東北線の電車との関係により、2010年2月19日より編成に組み込まれた6ドア車の4ドア車への置き換え(置き換え期間中の6ドア車の平日朝の座席格納は中止)や、床下にホームドア対応機器の設置が進められ 、両駅間の6ドア車だった停車位置へのホームドア設置は置き換え後に開始されている。 なおホームドアにあるウグイス色のラインは、誤乗防止のため内回りと外回りで表記が異なり、内回り側は単線、外回り側は二重線である。 ホームドアの厚さは、ホームの通路幅や建築限界離隔を考慮して、本体部150 mm、センサー部90 mmとしており、駆動機構の薄型化が図られている。 また、ホームドアには、引き込み検知装置・支障物センサー・戸挟み検知装置などにより、人や物が挟まれた場合はホームドアを開かせる安全装置と非常時においてホームドアを開かせる非常解錠スイッチを備えているほか、火災や故障などで列車が駅の定位置に停車できなかった場合は、乗客を安全に誘導するための緊急脱出口を備えている。 ホームドアの扉は、乗客が乗車前に足元の安全を確認して安心して乗車できるようにガラス製としている。 ホームドアの開閉のシステムは、車両側に搭載されたホームドア車上子から地上側に設置されたホームドア情報伝送地上子(PO地上個子)との間で通信を行いホームドアと車両の扉が連動して開閉を行う。 また、ホームドアの状態を遠隔故障監視システムにより遠隔監視することで、故障の早期復旧と連絡体制の強化を図っている。 山手貨物線 [ ] 渋谷駅付近。 右側の2本の線路が山手貨物線(電車は埼京線205系)。 左側の電車は山手線E231系。 山手貨物線(やまのてかもつせん)とは、山手線の - 間(経由)の電車線に並行して走る複線の通称である。 略称は 山貨(やまか)。 現在においては主にの電車との列車が走行する線路である。 元来、旅客輸送の増大から、期に主に電車線を増設する形で複々線化が行われて成立した。 田端駅()ではの貨物線()、では現在の旅客ホームの北側でへとつながり、また大崎駅 - 品川駅間のでは(現在のの経路)と合流しており、各線から流入する貨物を別の線に中継する役目を果たしていた。 には当貨物線の輸送力が限界に近付いたため、外環状線の建設が計画され、にとして開業した。 そのため山手貨物線の役割は薄くなり、特にの埼京線乗り入れ、の湘南新宿ライン運転開始以後は、日中のほとんどの列車がこの2系統の旅客列車で占められ、貨物線としての役割はかなり低下している。 現在運行されているは、を発着し田端信号場駅を通り東北本線などへ直通するものと、田端信号場駅から貨物支線経由でへ向かうもののみである。 は下り列車(田端信号場駅方面)が1日6本でそのうち隅田川駅行が3本、上り列車(大崎駅方面)が4本運行され、は下り列車が2本、上り列車が1本運行されている。 高速貨物列車の上下1本を除き、早朝、深夜または旅客列車の本数が少ない時間帯に運行されている。 また、天皇のに際してを発着する「」が通る線路でもある。 - 田端信号場駅間にある中里トンネルは、山手貨物線で唯一のものである。 駒込駅 - 田端駅間はかつて現在の富士見橋の下を掘割ではなく、道灌山トンネルで通過していたが、電車線増設(複々線化)と貨物線の中里トンネルへの付け替えにより廃棄された。 道灌山トンネルの痕跡として東側出口のポータルの角が残っており、富士見橋の東側の現内回り線の内側に飛び出している。 歴史 [ ] 旅客化の沿革については「」を参照 以降、と・方面の間の貨物輸送量は時以上に増え、山手線は化されることになった。 まず品川駅 - 大崎駅間がに複々線化され、1925年に全線の複々線化が完了した。 この時にできた貨物線がである。 同様の事業は他の線区でも行われた。 にはの貨物を分離するために(17. 8キロ)が新設され、2つの貨物線の分岐点にはが設置された。 その後には・ から山手貨物線を経由して新鶴見操車場(現・)に貨物列車を直通させるためが開通し、品鶴線との分岐点にが開業した。 (7年)12月20日:品川駅 - 大崎駅間開業。 この区間は貨物線の増設• (大正8年):大崎駅 - 恵比寿駅間開業(大崎駅 - 田端駅間は電車線を増設)• (大正10年):恵比寿駅 - 渋谷駅間開業• (大正11年):渋谷駅 - 原宿駅間開業• (大正13年):原宿駅 - 新大久保駅間開業• :新大久保駅 - 池袋駅間開業• :池袋駅 - 巣鴨駅間開業• (大正14年):巣鴨駅 - 田端駅間開業。 その後駒込駅 - 田端駅(後に)間貨物線を中里トンネル経由に付け替え。 元々の本線は放棄 主な乗り入れ路線・列車 [ ]• (含む) 大崎駅 - 池袋駅間• 大崎駅 - 田端駅間• 「」 品川駅 - 新宿駅 - 田端駅間• 「」 大崎駅 - 新宿駅間• 「」 大崎駅 - 池袋駅間• 新宿駅 - 田端駅間• 繁忙期は一部の臨時列車が大崎駅 - 新宿駅間を走行する。 新宿駅 - 田端駅間• 新宿駅 - 大崎駅間• 2002年11月30日までは「湘南新宿ライナー」を名乗っていた。 過去に運転されていた列車• 「」 大崎駅 - 田端駅間• 本図では、とほぼ重なると旧蛇窪信号場付近でオーバークロスするの配線を省略している。 データ [ ] 路線データ [ ] 路線名称としての山手線• 管轄(事業種別):東日本旅客鉄道()・(第二種鉄道事業者)• 区間(): 品川駅 - 新宿駅 - 田端駅 20. 6 km• 駅数:17(起点・終点を含む)• 山手線所属駅のみに限定すると、東海道本線所属の品川駅、中央本線所属の代々木駅、東北本線所属の田端駅 を除外した14駅となる。 複々線区間:全線(ただし、駒込駅 - 田端駅間は電車線と貨物線とで経路が異なる) 環状路線としての山手線• 路線距離:34. 東海道本線(東京駅 - 品川駅) :6. 8 km• 山手線(品川駅 - 新宿駅 - 田端駅):20. 6 km• 東北本線(田端駅 - 東京駅) :7. 1 km• 駅数:30• :1,067• 区間:全線• 区間:全線(直流1,500 )• (第54条第2項第2号に規定される、一段ブレーキ制御方式の)による方法• 保安装置:• :東京総合指令室• 準運転取扱駅(異常時、入換時は駅が信号を制御):品川駅・大崎駅・新宿駅・池袋駅・田端駅• : ATOS• : 山手貨物線• 区間(営業キロ): 品川駅 - 新宿駅 - 田端駅(田端信号場駅) 20. 6 km• 軌間:1,067 mm• 複線区間:全線• 電化区間:全線(直流1,500 V)• 閉塞方式:自動閉塞式• 保安装置:• :東京総合指令室• 準運転取扱駅(異常時、入換時は駅が信号を制御):大崎駅・新宿駅・池袋駅・田端信号場駅• : ATOS 全線がの管轄である。 前身である(国鉄)の時代は、五反田駅 - 目白駅間が東京西鉄道管理局、池袋駅 - 秋葉原駅間が東京北鉄道管理局、神田駅 - 大崎駅間が東京南鉄道管理局の管轄であった。 また、全線がの定めるの「」、東京地区の()、制度における「東京都区内」( 区)、および「」の首都圏エリアに含まれている。 また、山手線は運賃計算上も特殊な路線で、「」( 山)の指定も受けており、山手線内の駅を発着する場合、運賃計算上の特例の影響を受けることがある。 2018年度の平均通過人員()は1,134,963人。 JR旅客6社で、輸送密度が100万人を超える唯一の路線である。 このため輸送力の増強が喫緊の課題となり、1991年12月に11両編成へ増結された。 その後も2002年度から2005年度にかけてE231系500番台を導入し、幅広車体に置き換えられたことで、1両当たりの定員数が増加した。 その他の各種データは、JR東日本が公表している『会社要覧』 の「輸送」の章などを参照のこと。 各駅の乗車人員は、全体的に減少傾向または微減微増を行ったり来たりしている傾向にある。 急激に増加傾向にある駅は、新しく乗換駅として機能している大崎駅、日暮里駅 、何らかのブームにあわせて訪れる際に利用する乗客が多い新大久保駅 、両方がある秋葉原駅 くらいである。 混雑率の推移 [ ] 近年の混雑率の推移は以下の通り。 数値は品川駅 - 渋谷駅 - 新宿駅 - 池袋駅 - 田端駅間のみ。 田端駅 - 上野駅 - 東京駅 - 品川駅間は東北本線および東海道本線に合算され公表されている。 『鉄道要覧』記載の山手線の正式な起点は品川駅、終点は田端駅、運転系統上の起終点は大崎駅である。 全電車が各駅に停車。 接続路線• 東日本旅客鉄道の路線名は運転系統上の名称(正式な路線名とは異なる)。 田端駅 - 田町駅間:京浜東北線とで連絡が可能。 他線との連絡のない駅は目白駅と新大久保駅のみ。 全駅が内に所在。 正式路線名 駅番号 駅名 駅間 営業キロ 累計 営業キロ 接続路線・備考 所在地 東北本線 JY 01 - 0. 3 1. 3 東日本旅客鉄道: 京浜東北線 JK 27 ・ 中央線 JC 02 東京地下鉄: G-13 JY 03 0. 7 2. 0 3. 6 3. 1 4. 7 東日本旅客鉄道: 京浜東北線 JK 31 JY 07 1. 1 5. 8 東日本旅客鉄道: 京浜東北線 JK 32 ・ 常磐線(上野東京ライン) JJ 02 : 本線 KS02 東京都交通局: NT 01 JY 08 0. 5 6. 3 東日本旅客鉄道: 京浜東北線 JK 33 東京地下鉄: 千代田線 C-16 東京都交通局: 日暮里・舎人ライナー NT 02 JY 09 0. 8 7. 1 東日本旅客鉄道: 京浜東北線 JK 34 山手線 JY 10 1. 6 8. 7 東京地下鉄: N-14 JY 11 0. 7 9. 4 都営地下鉄: 三田線 I-15 JY 12 1. 1 10. 8 12. 3 東日本旅客鉄道: JA 12 ・ JS 21 : TJ-01 : SI01 東京地下鉄: 丸ノ内線 M-25 ・ Y-09 ・ F-09 JY 14 1. 2 13. 5 JY 15 0. 9 14. 4 西武鉄道: SS02 東京地下鉄: 東西線 T-03 JY 16 1. 4 15. 8 JY 17 1. 3 17. 7 17. 8 東日本旅客鉄道: 中央・総武線(各駅停車) JB 11 都営地下鉄: 大江戸線 E-26 JY 19 1. 5 19. 2 20. 5 東日本旅客鉄道: 埼京線 JA 10 ・ 湘南新宿ライン JS 19 : TY01 ・ DT01 京王電鉄: IN01 東京地下鉄: 銀座線 G-01 ・ Z-01 ・ 副都心線 F-16 JY 21 1. 6 22. 1 東日本旅客鉄道: 埼京線 JA 09 ・ 湘南新宿ライン JS 18 東京地下鉄: 日比谷線 H-02 JY 22 1. 5 23. 6 東急電鉄: MG01 東京地下鉄: 南北線 N-01 都営地下鉄: 三田線 I-01 JY 23 1. 2 24. 8 東急電鉄: IK01 都営地下鉄: A-05 JY 24 0. 9 25. 0 27. 7 東日本旅客鉄道: 京浜東北線 JK 20 ・ 東海道線(上野東京ライン) JT 03 ・ 横須賀線 JO 17 : 東海道新幹線 : KK01 東海道本線 JY 26 0. 9 28. 3 29. 5 31. 2 32. 6 東日本旅客鉄道: 京浜東北線 JK 24 ・ 東海道線(上野東京ライン) JT 02 ・ 横須賀線 JO 18 : U-01 東京地下鉄: 銀座線 G-08 都営地下鉄: 浅草線 A-10 JY 30 1. 1 33. 8 34. 5 (本表のを参照)• 鶯谷 - 上野 - 尾久は、尾久発着に限り区間外乗車の特例が設けられている。 通常の乗車券では鶯谷方面から尾久経由赤羽方面に乗り換えることはできない(日暮里 - 上野が重複乗車となる)。 このほか、田端駅と同一地点扱いの山手貨物線からは、・田端貨物線(常磐線支線)と接続している。 また(支線)も接続していた。 田端 - 池袋 - 赤羽(湘南新宿ライン経由)には区間外乗車の特例がないため、通常の乗車券では田端方面から湘南新宿ライン赤羽方面に乗り換えることはできない(田端 - 池袋が重複乗車となる)。 品川 - 大崎 - 西大井には区間外乗車の特例が設けられているため、品川方面から西大井方面に乗り換えることができる(品川 - 大崎の重複乗車が認められる)。 有楽町駅 - 東京駅間を含む定期乗車券や特別企画乗車券などの利用を除き浜松町・新橋方面からのみ乗り換え可。 現在、山手線で駅間距離が最も長い区間は、大崎駅 - 品川駅間のおよそ2 km、最も短い区間は日暮里駅 - 西日暮里駅間のおよそ500 mである。 目黒駅 - 恵比寿駅間でを、巣鴨駅 - 駒込駅間でを、神田駅 - 東京駅間でをわずかに通るが、駅はない。 廃止区間 [ ] 貨物支線・廃止 大崎駅 0. 00 km - 1. 廃止信号場 [ ] 品川駅 - 池袋駅 - 田端駅間にあった。 内は品川駅起点の。 : 廃止、品川駅 - 大崎駅間 1. 3 km• 上大崎信号場 : 廃止、五反田駅 - 目黒駅間の貨物線上 3. 6 km• 戸山ヶ原信号場 : 1935年廃止、新大久保駅 - 高田馬場駅間 12. 4 km 新駅計画 [ ] 「」、「」、および「」も参照 2012年1月4日、品川駅 - 田町駅間(現在の周辺)に当路線では40年振りとなる新駅を2013年(平成25年)に着工を目指すと報じられた。 報道によれば、東北縦貫線(上野東京ライン)完成後に田町車両センターの機能を縮小し、空きスペースの再開発を進めると共に、線路を現在より外側に移し、品川駅の北側約1キロ地点に新駅を作り、山手線と京浜東北線が停車する計画で、開業は早ければ頃を見込んでいた。 2014年6月3日、JR東日本から田町駅から約1. 3 km、品川駅から約0. 9 km付近に新駅を設置し、2020年の・にあわせて暫定開業を予定していると正式に発表された。 また、東京都や港区、関係鉄道事業者と再開発計画をまとめることにしている。 構想では1階部分にはホームの他バスターミナルを設け、2階のコンコース部分にはイベント広場などを設ける予定となっている。 至近にあるとの連絡設備の設置も検討している。 駅名については2018年6月に公募が行われ、2018年12月4日に「高輪ゲートウェイ駅」に決定したと発表された。 そして2020年3月14日、が開業した。 各系統別の停車駅比較表 [ ] 品川駅 - 新宿駅 - 田端駅間について記す。 直通先は正式路線名。 『恋の山手線』- 落語家による。 上野から内回りで山手線の駅名を織り込み、歌い調子で聴かせる人気演目。 当初は開業前の西日暮里駅は含まれていなかったが、開業後に追加して完成させた。 次項のの歌(作詞:)の元ネタとなった。 『恋の山手線(やまてせん)』 - 歌:小林旭、作詞:、作曲:• 山手線の駅名を上野から内回りで歌詞に折り込んでいる。 痴楽の落語からインスパイアされているが、歌詞そのものは別物。 当時未開業だった西日暮里駅や新大久保駅・浜松町駅は入っていない。 後にもカバーしている。 最近では通信カラオケシステムの背景映像で205系時代の山手線の映像が映し出されることがある。 『恋の山手線』 - の漫画• 山手線の各駅を舞台とした森絵利佳との恋愛を描く。 題名の由来は小林旭の歌から。 『恋の山手線ゲーム』 - ながしま超助の漫画• 目白花子の漫画と同様、山手線の各駅を舞台とした。 題名の由来は小林旭の歌から。 『MOTER MAN 山手線 "Loop Complete! "』 -• 山手線の車内放送、駅の情景などをラップ調に歌ったアルバム。 秋葉原から外回りで一周し、秋葉原に戻って来た後、大崎駅で終点となるまでの内容。 全18曲。 『MOTER MAN 山手Go・Go! 』 - SUPER BELL"Z• 各駅ののアレンジを中心に車内放送などをラジオ番組風に歌った曲。 アルバム『MOTOR MANでGO! 』内に「MOTOR MAN 山手Go・Go! R」(大崎駅 - 東京駅 - 田端駅)と「MOTOR MAN 山手Go・Go! L」(駒込駅 - 新宿駅 - 大崎駅)の2曲が通しで収録されている。 『山手線上のアリア』 -• 『』に各駅の発車メロディをアレンジした曲。 アルバム『』にはオリジナル版とが駅アナウンスで参加しているバージョンが、『』には「English Virsion」として実際に車内アナウンスを担当しているが参加しており、『』ではリミックスバージョンで、英語放送変更後となっている。 『鉄道唱歌 山手線』 - 「」• 演じる謎の兼のアキラので奏でるのに乗せて、4人のが東京駅からそれぞれの順番で歌う。 詳細は番組のページを参照のこと。 『城の崎にて』 - の小説• この作品の主人公は山手線の電車に撥ねられたことがきっかけでに向かう。 『山手線外回り』 - feat. の楽曲• 『』 - の楽曲• 山手線内回りをフィーチャーした楽曲。 アナウンス役としてが参加。 『60分のメリーゴーランド』 - の楽曲• アルバム『EQUUS』に収録。 タイトルの「60分のメリーゴーランド」、サビの「回る緑のメリーゴーランド、東京の中を」などの歌詞が山手線を指している。 このほかにも、山手線の駅にまつわるエピソードをモチーフにしたも存在している。 内容は、29駅あるはずの山手線に、30駅目が在るという噂を巡るである。 CD [ ]• 山手線外回り・内回り全駅の発車メロディーが収録されている。 山手線車内自動放送・駅自動放送オリジナル音源集 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• 大崎駅で乗務員交代のため1分停車するため、実際の所要時間は60分である。 国鉄初めての新性能電車であるが、中央線急行電車(現・快速)の次の路線として山手線に配置された当時は カナリア色()をラインカラーにする予定であった。 その後、経済性を重視した103系に置き換えることとなり、2年間で全車カナリア色の時代は終わり、101系電車は中央・総武緩行線(各駅停車;総武快速線開通までは、、直通の快速電車にも充当)用として転属していった。 そのため、中央線総武線各駅停車のラインカラーがカナリア色になった。 などがある。 正式に「山手線」と呼称されるようになったのは1901年(明治34年)からであるが、一般にはそれ以前から既に「山手線」と呼ばれていた。 結城林蔵が(明治31年)12月11日に、上野——池袋—目黒—品川間を往復した時のことを文章を添えたスケッチ集『車窓捉風』に描いているが、赤羽駅での品川線への乗り換えを「赤羽停車場ニテ 山手線ニ乗換ヲス」と書いている --『』(1972年発行、p111)より。 山手線の増発は1973年以来、34年ぶりのことである。 鉄道院による線路名称の制定から100周年。 なお、それ以前の日本鉄道時代にも「山手線」という路線名は使われている(年表の1901年およびその脚注参照)• 前述のように山手線が日中4分間隔なのに対し、京浜東北線は日中約4 - 5分間隔である。 2008年については山手線ではなく、中央線快速及び中央・総武緩行線で運行。 一時期全列車掲載されていたこともあった。 時刻は駅員が立番する付近の柱に掲示されている業務用で確認することができる。 ラッシュ時とダイヤが乱れた時は表示されない。 駅の手前と構内に位置補正用の地上子(無電源地上子)、駅の停止位置に定位置停止地上子(有電源地上子)を設置している。 先行列車は固定閉塞で捕捉するが、自列車は閉塞単位で減速・停止するのではなく、先行列車のいる閉塞の手前で停止するように制御される。 JR東日本では同項第3号による方式と合わせて「ATC方式」と呼称している。 品川 - 田端(新宿経由)のみの数字。 区間別の数値であるため、同区間の埼京線・湘南新宿ラインの利用客も含まれる。 それぞれ、の乗換駅である。 が近隣にあり、いわゆるブームの際は利用者数が多くなる傾向がある。 との乗り換え駅であると共に、秋葉原地域はブームにより観光客数が多くなっている。 相鉄直通列車のみ• 高輪ゲートウェイ駅開業前のもの 出典 [ ]• 『』、、3月号、p. 966・968・970・973• 『』5号「東京」、、p. 山手線、観光へGO!! /JR東 穴場スポット発掘 フリーペーパー発行/新大久保で食文化発信/新駅契機「東京感動線」『』2018年12月26日(ライフスタイル面)。 (2019年3月31日閲覧)。 『交通年鑑』昭和47年版、財団法人交通協力会、1972年、p. 『日本鉄道旅行地図帳』3号「関東1」、新潮社、p. 大町雅美著『郷愁の野州鉄道 -栃木県鉄道秘話-』(随想社刊)• 『日本鉄道旅行地図帳』3号「関東1」、新潮社、p. 1(デジタルコレクション)• 1909年(明治42年)10月12日鉄道院告示第54号• 『汽車時間表 大正十四年十一月号』34頁• 『JTB時刻表』各号(JTB刊)• jp鉄道ニュース 2011年9月6日(2011年9月9日閲覧)• 交通新聞社 : p. 1992年4月24日• 交通新聞社 : p. 1992年8月4日• 「」 『日立評論』1999年3月号、日立製作所、p. 2013年5月14日, at the. - 共同通信、2006年12月22日• - 2010年02月17日• - 『』 railf. jp鉄道ニュース 2010年6月26日• 国土交通省運輸安全委員会 2019年7月28日. 2020年2月22日閲覧。 2015年4月15日. 2020年2月22日閲覧。 鉄道ファン・railf. 交友社 2019年11月16日. 2019年11月17日閲覧。 鉄道コム. 2020年2月1日閲覧。 『JTB時刻表』、JTBパブリッシング、2013年12月号、特集9ページ、• PDF プレスリリース , 東日本旅客鉄道, 2019年11月19日 , 2020年3月15日閲覧。 - ITpro 2014年5月14日• - マイナビニュース 2015年3月13日• - 2009年12月15日• 線形、平行・交差する鉄道・道路、周辺の建造物についての出典: 地図および航空写真(2011年閲覧)• 土木学会(2019年1月21日閲覧)。 - 関東地方整備局、2018年12月19日閲覧。 - 2019年9月18日閲覧。 国土交通省、2017年8月2日閲覧• - 東京ふしぎ探検隊、2017年5月21日• 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』 1998年• 国土交通省. 1 2019年7月18日. 2019年7月19日閲覧。 - 東日本旅客鉄道• - マイナビニュース 2017年4月8日• 『都市交通年報』各年度版 JR東日本 [ ]• 「」 『JR East Technical Review』No. 36 Summer 2011、東日本旅客鉄道、p. 日本語 PDF プレスリリース , 東日本旅客鉄道, 2019年12月13日 , p. 5, の2019年12月13日時点におけるアーカイブ。 , 2019年12月13日閲覧。 - 東日本旅客鉄道プレスリリース 2015年3月12日• JR東日本 2017年6月6日. 2018年11月3日閲覧。 - 東日本旅客鉄道 2001年11月22日• - 東日本旅客鉄道 2002年11月15日• - 東日本旅客鉄道 2003年11月20日• - 東日本旅客鉄道 2004年11月16日• - 東日本旅客鉄道 2006年12月6日• - 東日本旅客鉄道 2007年11月29日• - 東日本旅客鉄道 2008年12月4日• - 東日本旅客鉄道 2012年12月19日• - 東日本旅客鉄道 2014年9月3日• 東日本旅客鉄道 2008年3月31日. 2011年12月3日時点の [ ]よりアーカイブ。 2016年3月4日閲覧。 東日本旅客鉄道 2012年8月14日. 2012年11月2日閲覧。 - 東日本旅客鉄道プレスリリース 2008年6月3日• - 東日本旅客鉄道• - 東日本旅客鉄道 2014年6月3日• - 東日本旅客鉄道 2018年12月4日 新聞記事 [ ]• 朝日新聞 2015年11月30日. 2015年12月1日閲覧。 、の2010年2月22日のアーカイブ - 『』2010年2月17日• 『』電子版(2018年5月17日)掲載の配信記事、2018年9月6日閲覧。 『日本経済新聞』. 2018年5月17日. 2018年11月3日閲覧。 『』夕刊2019年1月7日(1面)2019年1月21日閲覧。 共同通信. 2019年12月3日. の2019年12月6日時点におけるアーカイブ。 2019年12月6日閲覧。 『』 : : p. 2001年10月19日• 2011年7月9日, at the. - 『東京新聞』 2011年7月6日• 2012年1月4日, at the. - 読売新聞 2012年1月4日• 2012年1月5日, at the. - 朝日新聞、2012年1月4日• - 『日本経済新聞』、2014年6月4日 参考文献 [ ] 書籍 [ ]• 中村健治『山手線誕生 - 半世紀かけて環状線をつなげた東京の鉄道史』、2005年6月。 『日本国有鉄道百年写真史』交通協力会、1972年10月14日 発行。 (復刻版: 『日本国有鉄道百年写真史』、2005年10月。 『命名100周年!山手線のヒミツ70』、2009年 発行。 市川宏雄『山手線に新駅ができる本当の理由』、2012年 発行。 雑誌 [ ]• 「山手線電車100周年」『』第50巻第2号、、2010年、 9 - 65頁、 4910064590200。 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 - 運賃制度上の「山手線内」について• - 同じ基幹都市交通として比較される• - 山手貨物線から貨物列車を大幅に移した• - 第二の山手線とも呼ばれた• 同じとして山手線と比較されることがある路線(を基に作成。 一部環状も含む)• 日本国内• - 「6の字」での運行で、正確な環状運転ではない。 日本国外• ・(路線の西北部がループ線)• () 外部リンク [ ]•

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JR山手線の路線図

山手 線 路線 図

密集地帯に8文字を追加するという無茶 2018年12月に新駅が「高輪ゲートウェイ駅」だと決まり、JR東日本の東京近郊路線図を真っ先に確認した。 新駅ができるのは品川駅と田町駅のあいだ。 JRや地下鉄が密集する地帯だ。 あそこに「高輪ゲートウェイ」って入るスペースあったっけ……? JR東日本 東京近郊路線図(路線ネットワーク)(2018年4月版)より。 首都圏でJRに乗ると、車内によく貼ってあるやつ。 品川付近を拡大。 品川と田町のあいだに「高輪ゲートウェイ」って入る……? ここに「高輪ゲートウェイ(Takanawa Gateway)」をねじこむのである。 絶対どこかにぶつかっちゃう。 スペースを空けるため、田町を上に動かすと、浜松町も一緒にずれるから、東京モノレール(赤の線)も動かす必要がある。 あっちを動かすとこっちがズレる。 これは大変だ……! 大変なのはJR東日本だけじゃない。 地下鉄や私鉄にも「近郊路線図」として、JRを含めた路線図を提供しているところがある。 そっちも更新しないと! 都営地下鉄の路線図(2018年3月版)より。 都営地下鉄以外にも、JRや東京メトロ、各私鉄の路線図が描いてある。 例えば都営地下鉄。 高輪ゲートウェイができるのは、都営浅草線の泉岳寺駅のそば。 高輪ゲートウェイと泉岳寺は「乗換駅」となるので、駅名を枠で囲ってひょうたんみたいにつなげないといけない。 泉岳寺駅付近のアップ。 単純に「高輪ゲートウェイ」を入れると、そばを走る東京モノレールやりんかい線にぶつかっちゃう。 あれもこれも直さないと……と、駅名が発表されたその日のうちに手持ちの路線図を調べ、というnoteを書いたりした。 それはそれはあわあわした。 あれから1年3ヶ月。 ついに答え合わせのときが来た。 2020年3月14日、高輪ゲートウェイ駅開業。 デザイナーの方々がどんな解決策を生み出したのか見に行こう。 開業初日でごった返す高輪ゲートウェイ駅に来ました。 高輪ゲートウェイ本人を直撃 到着したのは朝の9時ごろ。 高輪ゲートウェイ駅は既に多くの人で賑わっていた。 駅名標。 「たかなわげーとうぇい」の「うぇい」の子供っぽさ 吹き抜けから電車を見下ろせる、開放感あふれる構内。 ホームは木目調の仕上がり。 テラスもある。 周りは再開発真っ最中で、まだコンビニすらない。 開業の様子は各種ニュースサイトに任せて、そんなことより路線図である。 どこ?どこにある? あった!JR東日本の東京近郊路線図。 当たり前だけど、ちゃんと高輪ゲートウェイが収まっている! 同タイプの新旧を比較。 左が2018年版。 右が2020年版。 品川-東京間にスペースを増やすため、東京駅がちょっと上に移動し、神田まで影響が出ているのがわかる。 新橋の表記が下に移動し、大﨑も左にずれた。 新しい家具を部屋に入れるとき、スペースが足りないからって部屋ごと広くするわけにはいかないだろう。 「高輪ゲートウェイ」を路線図に入れるのも同じだ。 周りを片付け、なんとかしてスペースを確保する。 新旧を比較するとその苦労が見て取れる。 すごい。 両手を合わせて拝もう。 ちなみに、冒頭に紹介した「路線ネットワーク」も同じように更新されている() JR東日本 東京近郊路線図(路線ネットワーク)2020年版。 2019年10月にカラーユニバーサルデザインを導入してリニューアル。 車内掲示版では「高輪ゲートウェイ」をシールで隠していたが、満を持してオープンされた。 比較画像。 左が2018年版。 右が2020年版。 駅に掲出されているバージョンと異なり、品川-東京間で「高輪ゲートウェイ」を吸収しているのがわかる(神田が動いていない) さて、次はきっぷ売り場にある運賃表である。 改札を出よう。 現状、高輪ゲートウェイ駅に改札はひとつしかない。 明朝体が話題になった改札入口。 「もじ鉄」の石川祐基さんに聞いたところ、フォントは「ヒラギノ明朝」とのこと。 Macに入ってるやつだ。 朝9時の段階できっぷ購入まで150分待ち! 券売機の上の運賃表を見たいだけなのだが、きっぷ売り場にめちゃめちゃ人が並んでいて近づけない。 150分は待てないな……。 ……と思っていたら、Suicaのチャージはチャージ専用機からすぐできるとのこと。 まだ残額には余裕があるけど、近づくためにチャージだ。 運賃表を見るためだけに1000円を投入する。 チャージ専用機付近から撮った運賃表。 全面がモニタになっていて、一定時間ごとに日本語表記と英語表記が切り替わる。 これなら運賃改訂時も変更作業がらくちん。 日本語表記になったところをおさえた。 山手線を横に押し広げる「高輪ゲートウェイ」! きっぷ運賃表は駅ごとの「一点もの」だ。 高輪ゲートウェイが「当駅」として示されている運賃表は、高輪ゲートウェイ駅にしかない。 つまり、山手線の上に「高輪ゲートウェイ」が横たわっている姿を見られるのはここだけ。 このせいで山手線が横長の楕円になり、円の上半分は駅間がゆったりしているなぁ、と趣を感じよう。 さて運賃表が「一点もの」ということは、他のJRの駅にはまた別のデザインの運賃表が掲出されている。 他の駅では「高輪ゲートウェイ」がどう入ってるか見に行こう。 天気が悪くて寒かった。 このあと冷たい雨は雪に変わった。 半年前に既に準備ができていたJR 実は、JR各駅に掲出されているきっぷ運賃表は、2019年10月にすっかり変わっている。 消費税増税にともなって、運賃を改訂したためだ。 で、2019年10月に変えたばっかりなのに、2020年3月に高輪ゲートウェイ駅を追加するから、とまた全部変えるのは面倒くさい。 というわけで、10月の段階で既に「高輪ゲートウェイ」を入れるスペースがこっそり用意されていた。 消費税増税直後のJR神田駅。 品川と田町のあいだに不自然なスペースが空いた。 「こりゃここに入るな」と睨んでいた。 こうやってあらかじめスペースを作っておけば、あとから駅名を書いたシールをペタッと貼るだけで作業完了である。 2020年3月14日は「JRの運賃表にシールが貼られる日」でもあったのだ。 高輪ゲートウェイ駅開業後のJR目黒駅。 「高輪ゲートウェイ 160」のシールが貼られていた。 他の駅名に比べてちょっと字が薄い。 こちらはJR品川駅中央改札のきっぷ売り場。 「高」の字がもう少しで上の中央線の駅にくっつきそう。 同じくJR品川駅の北改札きっぷ売り場。 中央改札に比べて全体の縦幅が狭いため、中央線の駅名を路線の上に表記して「高輪ゲートウェイ」がぶつかるのを回避している。 JR新橋駅は下に向けて駅名を表記。 下に行ったら行ったで、南武線支線の川崎新町にぶつかりそう。 それにしても小田栄駅(2016年開業)のシールとクオリティに差があるな。 JRの各駅で「高輪ゲートウェイ」が他とぶつからないように、と心が配られているのがわかるだろう。 それなのに、フォントサイズを小さくしたり、2行に改行したりという小細工はしない。 ハードボイルドだ。 ちなみに個人的に一番気になっていたのは池袋。 駅構内の天井が低いので、きっぷ運賃表の高さがかなり狭い。 いったい、どうなってるんだ? JR池袋駅。 山手線がこんなにぺったんこだけど…… 限界ギリギリに入っていた。 ここも「高輪ゲートウェイ」だけ上に書く、なんてことはしない。 こだわりを感じる。 JRついでにもうひとつ。 JR秋葉原駅にあるインバウンド向け路線図にも高輪ゲートウェイの姿がある。 JRと地下鉄が全て英語で書かれている。 「TGW」の略称で高輪ゲートウェイが追加されていた。 よく見ると、都営浅草線泉岳寺駅と乗り換えられるようになっていない。 諦めちゃったのかな。 できたてホヤホヤの路線図をもらう 続いて地下鉄。 高輪ゲートウェイから歩いて数分のところにある、都営浅草線の泉岳寺駅はどうか。 泉岳寺は赤穂浪士ゆかりの地。 高輪ゲートウェイ駅のフィーバーぶりに比べると、街はすっかり落ち着いていた(路線図に気を取られて街並みの写真を撮るのを忘れた) 泉岳寺駅ホームにある駅名標。 左側の路線図に、「高輪ゲートウェイ」の文字は……。 あった! しっかり乗換に対応している(注:この路線図は地下鉄以外の駅を全てひらがなで表記しているので、高輪ゲートウェイだからひらがなになっているわけではありません) 都営浅草線の停車駅案内にも、泉岳寺駅に高輪ゲートウェイの乗換が追記されていた。 フォントサイズを小さくしてギリギリ入れてる。 ただ、泉岳寺駅には都営地下鉄全体の路線図が見当たらなかった。 あれが一番見たいのに。 どこにあるのかとさまよって、新橋駅まで来てやっと見つけた。 柱にドーンと巻かれていた。 高輪ゲートウェイは…… おぉ……! 縦に入っている……! なんだか息子の合格発表に付き添いできた親の気持ちである。 あの子は1年間よくがんばったわね……みたいな感慨深さがある。 ちなみにこの柱をバシャバシャ撮っていたら、近くにいたインフォメーションの駅員さんから「これ新しい路線図なのでどうぞ~」とできたてホヤホヤの路線図をもらった。 わーい。 記事執筆時点では、まだに最新版の路線図がアップされていない。 現地に来て良かった! 比較画像。 上が2018年版、下が2020年版。 高輪ゲートウェイを入れるスペースを作るため、三田と田町の縦横の向きが変わっているのがわかる。 さらに3月は、羽田空港周りの駅名も変わるタイミング。 京急空港線と東京モノレールも大幅に更新されている。 東京を走るもうひとつの地下鉄網、東京メトロはどうか。 同じ新橋駅で東京メトロ銀座線乗り場まで行ってみる。 東京メトロ銀座線の新橋駅。 構内に掲出されている「メトロネットワーク」には……。 まだ高輪ゲートウェイの姿がなかった。 泉岳寺のすぐそばに山手線があるので、これも都営地下鉄と同様にシールを貼れば解決しそう。 一方、では、高輪ゲートウェイに対応した路線図が配布されている。 画像は詳細版路線図の2018年(上)と2020年(下)。 最新版は泉岳寺駅がちょっと上に移動。 「高輪ゲートウェイ」は、ゆりかもめのループにまでかぶっている。 私鉄はドライ こうなると私鉄各線も気になる。 だが、そもそも近郊路線図がなかったり、あっても品川周辺が含まれていなかったりするので、数は少ない。 山手線周辺を回った限りで変わっていたのは、京浜急行くらいだった。 京浜急行のきっぷ運賃表(品川駅)。 都営地下鉄や京成にも乗り入れており、三崎口から成田空港までその範囲は広い。 JRはうっすら描いてあり、高輪ゲートウェイ駅も2行に改行されて入っていた。 こちらも泉岳寺駅との乗換は描かれていない 惜しかったのがつくばエクスプレス。 「高輪ゲートウェイ」が命名される前から、近郊路線図に山手線新駅の場所が空けてあったのだけど……。 つくばエクスプレスののりかえ路線図(秋葉原駅)。 自社路線以外にも、JR、東京メトロ、都営地下鉄、東武鉄道、関東鉄道もカバーしている。 品川と田町のあいだがこんなに空いていて、何文字の駅が来ても大丈夫な状態。 てっきり開業と同時にシールでも貼るのかと思ったら何も無かった。 これから対応されると思います。 デザイナーのみなさんお疲れ様でした 路線図の数だけ、それを手がけたデザイナーがいる。 「高輪ゲートウェイ」を追加するために、四苦八苦してスペースを確保した方も多いだろう。 皆さまお疲れ様でした……! 新しく駅ができたり、駅名が変わったりして、路線図は時と共に形を変えていく。 まさに生き物。 記録を残しておかないと、以前の路線図は二度と見られなくなる。 ……というわけで、路線図を記録した本が出ます。 その名も。 当サイトのライター・西村まさゆきさんと、エッセイストの宮田珠己さんとの共著です。 デザインは『もじ鉄』の石川祐基さん。 全国149社の路線図を集めた「路線図図鑑」になっています。 ぜひお手元にどうぞ……! また、発売に伴い書店でのイベントも開催します。 こちらにもぜひお越しください……! 日時:3月23日(月)19:00~ 場所:書泉グランデ(神保町) 出演者:宮田珠己 、西村まさゆき、石川祐基、井上マサキ 詳細はで。

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首都高速のわかりやすい路線図や「複雑なルート案内」│交通と旅の便利手帖

山手 線 路線 図

未成線の種類 引用: ・路線図の構想のみ存在する路線 鉄道会社や鉄道事業に新規参入しようとする企業、公的機関として運営しようとする自治体などが大まかなルートや規格、施設等を構想し仮の路線図を描いているだけの状態の路線です。 簡単なルートを想定した路線図を空想しているだけであるので、官民を問わずに多くの仮路線図が存在していました。 しかし、計画を実際に詰めていくと、他社との競合により免許が下りないとか、運営するうえで予算を詰めていくと採算が取れない、着工資金が調達できない、土地が確保できないなど多くの理由により仮路線図の計画だけで立ち消えになることがおおいのです。 自治体が路線図を計画した三重新幹線構想は東海道新幹線がすでに飽和状態にあるためJR東海によって計画が却下されたりといたように実現出来ない無茶な路線図が計画されたりしていたのです。 ・路線図が決められ計画段階に至っている路線 仮の路線図から具体的に計画が進み、現実的なルートや施設が構想され仮の路線図から計画性のある路線図になり、路線工事の着工を視野に入れられた段階にある未成線。 レールの敷設免許を獲得したり、敷地用地が買収された路線がこれに該当します。 しかし、計画途中で資金不足、用地買収トラブル、敷設計画の変更などの理由により着工前にレールの敷設免許が失効した計画などが数多く存在していたのです。 ・計画路線図に沿って路線計画が着工されたが途中で中止となった路線 計画路線図に沿って実際に用地取得など計画が進められ、路線工事が開始されたが、自治体の政治家が計画推進派から反対派に変わったとかの政治的理由や資金的問題、戦争の終結のようなその計画路線をとりまく状況の変化、地震や津波などの天災などの理由により着工途中で中止となってしまった未成線。 着工途中で残されたトンネルや橋などは道路に転用されている場所もあればそのまま工事途中のまま放置されている場所もあります。 ・計画路線図の一部区間だけが開業している路線 資金や時間、地域の情勢などの事情により、計画された路線区間の一部区間が未開業となっている未成線です。 九州新幹線や東北新幹線が全線開通に至るまでの平成14年から平成23年がこの状態にありました。 また、在来線や私鉄の路線の未完成区間について状況の変化により着工の可能性が皆無となってしまっている未成線路線も多くあります。 これらの未成線区間は国鉄時代の支線に存在する盲腸線と呼ばれる片方の駅のみが幹線に接続しており、終着駅が鉄道が連絡していない路線によく見られる傾向にあります。 これらの路線はもはや廃線を待つばかりで延伸されることはないと思われます。 引用: 未成線が大量に量産された背景には、交通インフラが鉄道からバス・トラックの車へと移行していった高度経済成長期の時代の流れがあったとされます。 さらに、未成線を多く生み出した原因は私鉄に多く見られ、鉄道を創りたいという鉄道にかける人の思いが先行し、需要を無視し計画が破綻したり、計画途中で資金難に陥り計画の進行が出来なくなってしまったケースが多く見られるのです。 なかでも首都である東京は、巨大な鉄道利権を巡る思惑が交差した事により、鉄道計画だらけになるという状況があったのです。 関東大震災によって破壊された都市を立て直す過程で東京都の都市圏が一気に広がりを見せたのです。 それに伴い、首都圏の私鉄各社は東京市内と郊外のベッドタウンを結ぶ路線にビジネスチャンスを見出し、競い合うように鉄道建設に着手し、1920年代には明治時代に起きた鉄道敷設ブームに続く第二の鉄道敷設ブームが来たのだと言えます。 その鉄道敷設ブームが続くと思われたのですが世界恐慌が起こるのです。 そのあおりを受けて日本でもオイルショックが発生、私鉄各社の経済状況は一転し悪化をたどったのです。 資金調達ができなくなった鉄道各社は鉄道建設を中止せざるを得ない状況となったのです。 特に郊外への人口拡張を見込んで計画された郊外鉄道は、期待していたほど郊外に移住する人が増えることなく、採算が見込めなくなり仕方なく鉄道計画を中断せざるを得なくなったしまうケースも多かったのです。 未成線が量産された理由には利権の問題も絡んでいたのです。 実際に作るかどうかを別問題にして鉄道会社間で「とりあえず免許だけでも確保しておこう」と路線計画のみが数々とたてられていた背景があるのです。 引用: 全国に多く存在する未成線、これらの未成線は過去の遺物と言うわけではないのです。 現在においても未成線予備軍となる「未完成の路線計画」は全国各地で量産されているのです。 東京都内においては、大田区が中心となって東急多摩川線を地下に埋設し、東急蒲田線と京急蒲田駅をつなぎ、京急羽田空港線と接続して羽田空港まで乗り入れを行う路線計画が進行中です。 東京都内では他にも江東区や中央区でも鉄道の延伸や新設の計画路線図が進められているそうです。 東京都内で進められている路線計画で比較的進められている計画の一つに、都営大江戸線の大泉学園以西へと進む路線図の計画があります。 この計画路線図は現在、練馬区の光が丘駅まで整備されている都営大江戸線の路線を、大泉学園町経由で、JR武蔵野線の東所沢駅まで延伸するという路線図を描いており、鉄道空白域の改善につなげようとする計画になります。 東京都の都営大江戸線の延伸計画で描いている路線図計画では、住宅地を貫いた形で鉄道路線を敷設しようと、練馬区が熱心に計画を進めています。 しかし、用地買収や予算化がうまくいかず、計画は足踏み状態になり、未成線となってしまっている状態です。 近年の経済環境の変化により、計画路線図通りに鉄道を敷設するための建設費の捻出は年々難しくなっています。 さらに、少子化により人口減少が進み、東京都内においても人口の分布に差が出てくることが予想されます。 今後は計画路線図は立てられるものの計画途上で放棄されてしまう未成線が増えてくるものと考えられます。 未成線の計画路線図を見ていると、「こんなルートで鉄道を走らせる路線計画があったんだ」「この路線図が実現したらどうなっていたのだろう」と、色々想像することが出来て面白くなってきます。 大正から昭和にかけての時代背景や、交錯する政治家や行政の思惑、鉄道にかける男たちの夢と打算。 幻の路線図の痕跡をたどりながら、未成線への想像の翼を広げて未成線の持つ歴史に思いを馳せるのも未成線を楽しむ方法の一つであると言えます。 未成線を楽しむ方法は机上の路線図での鉄旅だけではありません。 未成線跡を所有する各自治体では、未成線の跡地を観光資源として活用して地域活性に役立てようとしているところもあるのです。 福岡件の旧国鉄の炭鉱跡では、未成線の跡地に線路を敷きトロッコを走らせることで観光客を誘致する試みがされています。 島根県の浜田市では、旧国鉄今福線で、未成線跡を歩いて回るウォーキングイベントが企画されています。 奈良県五条市でも、旧国鉄の未成線をテーマにした地域活性化のシンポジウムが開かれたりもしています。 未成線を観光資源として有効活用できるように観光資源に乏しい地域において未成線の観光資源化の取り組みが進められています。 私鉄では未成線の跡地は活用されているところが多いのに対して、旧国鉄の未成線跡については遺構として残されている場所も多く、未成線跡地がそのまま残されているのです。 廃線跡巡りのブームをあり、未成線を新たな鉄旅のジャンルとして推進しようとする自治体も出てきているのです。 未成線が新たな観光の目玉として、有効活用されるようになるとすばらしいと思います。 この路線が未成線になった原因は国立周辺の都市開発計画をライバル会社である西部鉄道が握っていたこと、分倍河原と谷保が京王とJRの共同使用駅になっていたため、その間に鉄道を通すことが難しかった。 この2駅がJRとの共同使用ではなく京王が管理することになっていれば、分倍河原~谷保で通過特例が設けられた可能性がり、開通できた可能性があった。 採算を考えると都心部に直通できる交通手段として需要があり、モノレールの開業までは立川への最短アクセス手段として高い需要があった未成線になります。 【2】東京の未成線:蒲田線 — 2019年 3月月24日午前6時37分PDT 未成線となってしまったが蒲田線として、京王電鉄の前進である武蔵電気軌道株式会社により、蒲田~調布~立川間の計画が考えられていました。 この路線が未成線となってしまった理由は多摩川を挟んで神奈川県側を平行に走る南武線存在があります。 当時、競合関係にあった南武線は新性能化が早く進み、新車両によって京王電鉄の参入をけん制していたのです。 当時は車両の標準化がまだ進んでいなかったため、車両の標準化をいち早く行った南部線に負けたのです。 蒲田線計画は採算を見直しせざるを得ず競争に負けた結果未成線となってしまったのです。 この蒲田線の計画路線図次第では東急多摩川線の存在に大きな影響を与えていたと思われます。 【3】東京の未成線:両国線 — 2018年12月月16日午前3時58分PST 現在存在する在来線の京王井の頭線は、以前は帝都電鉄という路線でしたが、さらにその前身は山手急行、渋谷急行という2つの私鉄路線でした。 渋谷急行の路線部分はそのまま井の頭線に以降しましたが、山手急行の方はその計画された路線図は大井町~洲崎までの50kmを越える大型鉄道路線計画として計画されていました。 オイルショックや鬼怒川水力電気の分離などの影響を受けて、この路線計画は資金難に陥り計画だけで実行されることはありませんでした。 この路線図が現実になっていたら、山手線の外郭に第二の環状路線として役立っていたと思われます。 この未成線となってしまった山手急行線が実現されていたらこんな事が起きていたと想像されます。 ・接続する鉄道路線が多いので重宝される路線となっていた。 ・接続駅における他社鉄道路線の扱いも変わってくる。 例えば、駒澤大学駅に田園調布線の急行が停車する。 梅が丘駅に小田急線の急行が停車。 江古田駅に西武線の準急と快速が停車。 大山駅に東武東上線の準急と急行が停車などといった対応が取られていた可能性があるのです。 ・井の頭線と明大前で同一平面乗り換えが可能になる。 井の頭線の明大前駅付近を地図でみると、複々線のスペースがとってあることがわかります。 このスペースは山手急行線の接続のために確保されていたと考えられます。 大井町発渋谷行きとか吉祥寺発北千住行きなどの路線が可能になっていたのです。 ・想定される車庫は大井町、駒沢公園、東陽町あたりが見込まれていた。 ・路線図が東陽町から先、豊洲や晴海、品川辺りまでルートを伸ばす計画も考えられいた。 ・路線図が東部西板線と関係するルートになるので、浅草か亀戸までの直通運転、また伊勢崎線と東上線の連絡路線となることができ利便性が向上する。 【5】東京の未成線:京成上野駅から京王新宿駅区間 — 2019年 6月月9日午後10時18分PDT レール幅が同じ規格であった京王電鉄と王子電気軌道との合併計画に伴って想定されていた計画。 路線図まで描かれていた計画であったが合併計画の消滅とともに未成線となった路線です。 この合併計画では飯田橋駅で東京駅経由両国駅までの路線計画もあり同時に未成線になっています。 この路線計画が実行されていたならは都営地下鉄大江戸線の北側の路線は確実に別の路線に変更されていたと考えられます。 また、飯田橋駅の重要性が増し、後楽園ホール、東京ドーム、などに行くのに便利な私鉄沿線となっていたので、利用客も多く望めて採算がとれていたと思われます。 ジャイアンツとタイアップした記念乗車券や規格乗車券などが売られていたかもしれません。 【6】東京の未成線:京成浅草線京成 曳舟~浅草区間 — 2019年 7月月1日午前3時53分PDT 未成線となっている計画として京成電鉄の浅草駅えの相互乗り入れ計画がありました。 実際には東武鉄道のみ浅草に乗り入れを行っており、京成の乗り入れ計画は消滅してしまっています。 もし、この未成線区間が実現していた場合は、京成押上線が本線になっていて、京成上野~青砥間の路線は存在してなっかたと想定されます。 また、京成電鉄の乗り入れによって東部鉄道の路線計画も修正されていたはずで、東武伊勢崎線の路線図は上野~北千住~伊勢崎となり、東武亀戸線の路線図は北千住~亀戸となっていたと想像されます。 さらに言うと、浅草駅は地下駅となり、都営地下鉄浅草線の終点は浅草駅になっていた可能性があります。 【7】東京の未成線:京急五反田線 — 2019年 2月月27日午前4時37分PST 京浜急行線における計画倒れした未成線路線になります。 詳しい路線区間の計画は立てられていない構想段階の未成線になります。 この青山線は千駄ヶ谷から先の路線で新宿まで延長を考えられていた路線です。 この未成線が実現していた場合は、東急東横線やJR湘南新宿ラインと激しい競争になっていたことでしょう。 その競争の中で羽田空港への乗り入れもされてくると思われます。 また、泉岳寺止まりとなっている快速がそのまま乗り入れてくることも考えられます。 そうすると京浜急行の東京での重要度があがり、京浜急行の地位が向上して影響力が上がっていたと思われます。 レールの軌間が1372mmのまま進められていたら、京王線及び都営新宿線との相互乗り入れが可能になり、都営新宿線が都営浅草線の路線区を補っている状態の路線図になっていたのです。 この未成線が存在していたら他の未成線である池上電気鉄道の品川延長計画も実現していた可能性が高いです。 また、都営線の区間が大幅に増えることで都営線の路線になっていた可能性すらあるのです。 【9】東京の未成線:京急本線の延長計画 — 2019年 8月月10日午後7時51分PDT 西部新宿線が新宿駅まで延長されていたらという計画です。 新宿駅と西部新宿駅は微妙に距離があって不便ですよね、あれが一緒になっていたら色々な面で変わっていただろうなという計画です。 もし、西部新宿線が新宿駅までの未成線区間が実行されていたら、西武新宿駅ではなく普通に新宿駅と名乗っていたでしょう。 JR線だけでなく小田急線、京王線、東京メトロ各線と多くの路線が乗り入れしてる新宿駅に西部新宿線が直接乗り入れてきていたら、ただでされ人の多い新宿駅の利用者がさらに増えていたことは間違いないでしょう。 うまいこと会社間の交渉がされれば小田急との相互乗り入れが実現可能になり川越から箱根までが一本の路線でつながっていた可能性すらあるのです。 【11】東京の未成線:西部村山線 — 2019年 4月月15日午前2時52分PDT 多摩川線は西部鉄道入りした後、他の西武鉄道路線と接続計画が存在しており、戦後間もない時期には武蔵境から西部新宿線の武蔵関駅への路線建設免許が申請されたこともありました。 実現まであと一歩というところまで進められていた未成線でした。 この未成線区間の西武新宿線との接続計画が実現していたら路線図はこう変わっていたかもしれません。 接続は上石神井~小平間のどこか駅で行われていた、申請されたのは武蔵関駅でしたが。 多摩川線のワンマン運転化は避けられていた可能性がある。 中央線の高架化の際には中央線が高架で西部多摩川線をまたぐかたちになっていた。 自社路線で検査車両を所沢工場に回送することが可能になっていたので、中央線との連絡船は廃止されていた。 多摩ニュータウンへの延伸が現実的な計画になっていた。 【13】東京の未成線:池上電鉄新奥沢線 引用: この未成線は旧池上電鉄が計画していた路線計画です。 池上電鉄の消滅とともに計画も頓挫することになった未成線です。 この路線についてはどう考えても池上線もろとも東急に吸収される運命にあったとしか言いようがありません。 完成していたら自由が丘近辺より二子玉川まで大井町線と平行する路線になっており、平行区間は複々線の路線になっていたと思われます。 成城学園辺りは小田急線の天下となっていますが、この路線により三鷹、調布などの多摩地区は東急の路線地域となっていたと考えられます。 そして路線名が東急国分寺線のようになっていたでしょう。 等級の路線になっていたとしたら意地でも大井町線への乗り入れを計画しており、雪が谷大塚~自由が丘間の路線はローカル線化していたことでしょう。 この未成線路線にほり蒲田~国分寺がつながれば、南武線、横浜線と並ぶ東海道線と中央線を結ぶための環状線として期待が出来ていました。 【14】東京の未成線:東急泉岳寺線 — 2019年 8月月11日午前6時50分PDT 東横線の新宿まで延伸する計画が存在していましたが未成線となりました。 新宿への乗り入れは副都心線との乗り入れ運行で実現されました。 東横線は品川、羽田空港方面への進出をもくろんでいたことがあり、渋谷から明治通りをさらに南下して品川へ向かう路線計画が存在していました。 羽田空港への計画は京浜急行により阻止されました。 この路線が実現していたら品川駅がさらに大きくなっており、東武東上線、西武池袋線から品川へのアクセスが格段に向上して利便性がアップしていたことでしょう。 執着駅は新宿になっていただろうが、当初の計画では現在の京王新宿駅が東急の駅になっていた予定だったそうなので、京王側の影響が大きく出ていたと想定されます。 ・大阪市営地下鉄中央線は架線式でパンタグラフが存在していた。 実際はレールから電源を取っているためパンタグラフはない。 ・京阪中之島線は存在しなかった。 こちらの路線が未成線になっていたかもしれません。 ・中央線経由で出町柳~コスモスクエアの直通電車が計画されていて、大阪万博の京都方面からのメインアクセス手段として利用される見込みになるでしょう。 ・東大阪市付近まで京阪の管轄エリアが広がっていた。 ・大阪モノレールの門真市よりも南のエリアへの延伸計画は頓挫していた。 【20】大阪の未成線:京阪交野線生駒方面延伸計画 — 2019年 8月月11日午前1時08分PDT この路線計画が実現していた場合、大阪の路線図はこう変わっていたかもしれません。 ・京都線の淡路~南方~十三路線は廃止されていた。 おそらく、一端は支線となり延命工作が行われるが乗客数の減少に歯止めは利かずやがては赤字路線として廃線の憂き目にあっていた。 ・神宝線列車も新大阪までの直通運転を行っていた。 ・行楽シーズンに行楽列車として臨時列車が運行されていた可能性が高い。 「京トレイン」が確実に導入されていた。 ・新大阪が新幹線との連絡駅だけではなくなるため、梅田や難波、天王寺に次ぐターミナル駅として開発が進み発展していた。 ・阪急京都線、千里線の利便性が増し、乗客が増え沿線の人口が増えていた。 沿線の開発も進んでいたと想定されます。 【22】大阪の未成線:阪急千里線南千里~桜井区間 引用: この未成線は渋谷~藤沢~鎌倉に至る神奈川県を縦に横断する私鉄路線計画です。 計画立案後、免許を取得しどこかの鉄道会社に買い取ってもらう事を目的とした営利鉄道計画路線です。 この未成線が完成していたら神奈川県の路線図はこう変わっていた。 ・単独で路線を開通させた場合、しばらく独立路線として営業を続けるが、戦時の合併により東急に吸収される。 ・ルートは横浜を通らず神奈川の中央を横断するルートになっていた。 ・湘南新宿ライン、小田急線と競合する路線となっていた。 ・第三京浜のルートがこの路線の計画のものであったため、この路線が存在した場合第三京浜道路は存在していていない。 【33】神奈川の未成線:神奈川東部方面線 人気の記事• 怖いwikipediaの記事を紹介! 調べ物をしたり、ふと時間があるときに見たりと、みなさんはwikiped […]• 2020年に流行るものはこれだ! 2019年も最後の月に突入し、もうすぐ新しい年がやってきます。 今年はタピオ […]• Youtube講演家・鴨頭嘉人とは? 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