日 韓 関係 わかり やすく。 日韓関係は終了?最悪な2019年、問題や原因を分かりやすく説明

今更聞けない日韓問題、日本の輸出規制の原因と影響を分かりやすく解説

日 韓 関係 わかり やすく

このコラムのテーマは「社会」だが、書いているのは無職のひきこもり、というもっとも社会から遠い存在である。 つまり、編集部の完全な発注ミスであり、お題を貰ってはじめて「世間ではそんなことが起きていたのか」と知ることが大半である。 しかし、今回のテーマだけは、世間で話題になる前にいち早くキャッチしていた。 「ローソンのプラベートブランドデザイン一新」である。 ひきこもりというのはコンビニという畑で採れる食物を食べないと死んでしまう生物なので、コンビニに行くときだけは外出することが多い。 つまりひきこもりを辛うじて現世につなぎとめているのがコンビニという存在である。 私の家から最も近いコンビニがローソソなので、「今週はローソソにしか行っていない」というぐらいズブズブの関係である。 特にそこで売られている「飲むヨーグルト」を痛飲しているため、パッケージデザインが変わったことにはすぐ気づいた。 「しゃらくさくなった」 これが第一印象であったが、それほど気にも留めていなかった。 しかし、これが世間では結構な話題になっていたようである。 デザインがオシャレとかダサいとか以前に、「わかりづらい」と意見が相次いでいたのだ。 現在奇遇にも、というか当然のようにローソソの飲むヨー(キウイ)を飲みながらこれを描いているので、改めてパッケージを見てみよう。 まず文字だが「DRINK YOGURT」と書かれており、これが一番デカい文字である。 この時点で「日本語でOK」とイラついている人もいると思うが、しかも白文字なので決して読みやすくはない。 その下に「ドリンクヨーグルト」とカタカナで書かれているが、イラストに完全にかかっているので棚に並んでいる状態ではほぼ読めないと思う。 旧パッケージも「DRINK YOGURT」表記だったが、黒文字であったし、「ドリンクヨーグルト」も絵や写真にかぶっていないので今よりは読みやすかった。 何よりパッケージに飲むヨーの写真が使われているため、最悪文字が読めなくても「これが飲むヨーだな」ということが目視できる。 私ぐらいの飲むヨー上級者になれば、もはや位置情報のみで飲むヨーをつかみ取ることができるが、たまたま飲むヨーが飲みたくなった一見客などは遭難してしまうかもしれない。 さらに「DRINK YOGURT」はまだわかるが、豆腐や納豆までもが「TOFU」や「NATTO」と表記され、例によって日本語表記はその下にとても小さく書かれているのみという状態になっている。 オシャレと言えばオシャレだが、あまりオシャレを求めてコンビニに納豆や豆腐を買いに行く人間はそんなにいない気がする。 もしかしたら、納豆や豆腐を映えアイテムにしようとする努力があったのかもしれない。 このように、全体的に写真ではなくイラストを使うようになった上、イラストが小さく、文字も大きいとは言い難いので、「前よりわかりづらくなった」というのは残念ながら事実である。 しかし、デザイン的にオシャレになったのも事実で、我々ツイッター民は文句を垂れているが、インスタの民には好評ということなので、余談だがますますツイッターとインスタの溝が深まった。 「ひきこもりでもコンビニには行く」ということは、「全世界の人間が利用する」と言っても過言ではない。 つまり老若男女国籍問わず、時には体の不自由な人も来るかもしれないということである。 コンビニに求められるのはそういう様々なそれぞれの事情がある人全員に「わかる」デザインであり、オシャレはその次なはずだ。 わかりやすさを犠牲にしてオシャレを優先したのは、デザインとしては良くても、コンビニ商品としては失敗なのではないだろうか。 余談だが現在私の使用している歯磨き粉の箱には、商品名よりもでかく「歯槽膿漏」とクソでかフォントで書かれている。 デザイン的にはインスタ民が泡を吹いて倒れる一品であるが、この商品には「歯槽膿漏に悩んでいる人が、間違いなくつかみ取ることが出来る」という最大のメリットがある。 歯茎から膿が出ている奴が求めているのは、オシャレなパケではなく、歯槽膿漏に効く歯磨き粉なのだ。 このようにオシャレではなく「わかりやすい」「使いやすい」ことが、「優れたデザイン」とされる場もあるのだ。 そもそも「わかりづらい」ことが「オシャレ」だと思われてるんじゃないかと不安になる 昔、高齢者の利用が多い施設の人が、「文字を小さく薄くすればイケてると思っているデザイナーには天罰が下ればよい」と言っていた。 もちろん、文字が小さくて薄いデザインの方が良い場面もあるが、そうではない場も多い。 その場で求められているのは「オシャレ」なのか「わかりやすさ」なのか、デザイナーはそれを見極めてデザインしなければいけない。 どうせ、わかりやすさが求められる場所で「オシャレ」を優先してしまった場合、当然「わかりづらい」と苦情が殺到するため、結局オシャレデザインの下に「ここは便所です」などと書かれた、巨大テプラを貼るはめになるので、余計ダサくなってしまうのだ。 日本は超高齢化社会、かつ外国人の数も増えている。 まずはわかりやすく、そして、その縛りの中でどうオシャレにしていくかが、これからのデザインには今まで以上に求められていくのかもしれない。

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日韓問題2019まとめをわかりやすく!韓国の本音とGSOMIA破棄の影響は?|あなたとつながりたい!懸け橋ノート

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「主人公とヒロインの心が入れ替わってしまう」という主題はアニメやドラマでよくあるテーマだよね。 それでヒロインの身体のなかに心が入ってしまった主人公は「俺は女ではない!俺は俺だーー!!」と、 あるいは主人公の身体に心が入ってしまったヒロインは「私は男ではない!私は私だーー!!」と叫びたくなるだろう。 韓国併合条約もこれと同じ。 三度の日韓協約によって韓国を実質日本の一部にしてしまった。 外交も自由に行えるし、内政にもあーだこーだいえる。 もうほとんど日本じゃないか!! でも名前は韓国。 それじゃあ、叫んでしまえ、 「韓国はこれから日本になる!」 これが韓国併合条約なんだ。 とくに何をしたわけではない。 ただ「韓国はこれから日本だぞ!」と叫ぶ。 これが韓国併合条約なんだ。 それじゃあ、始めるよ! 「韓国」という国がなくなったとき いままでからとみてきたけれど、これらの協約だけで完全に韓国を併合したわけではなかったんだ。 つまり、「韓国」という国がなくなって、いままで韓国の領土だった場所が「日本」という名前になったわけではなかったんだ。 韓国の外交だとか政治にたいしてあーだこーだ言えるようにしても、いちおう「韓国」という国があった。 でも日本は最後の一歩、完全に韓国を併合する条約を結んでしまうんだ。 その条約とは1910年、 韓国併合条約(かんこくへいごうじょうやく)!! これで日本は韓国を併合したんだ。 わかりやすくいえば「韓国」という国が消えて、その場所が「日本」という国になったんだ。 植民地支配の拠点 日本は韓国を併合したあと、韓国の首都の名前(漢城)を変更してそこを植民地支配の拠点としたんだ。 その名前も 京城(けいじょう)!! そして、これまで漢城(京城)にあった統監府()も名前をかえたよ。 その名も 朝鮮総督府(ちょうせんそうとくふ)!!! 韓国ではなく、「朝鮮」だからね。 なぜかっていうと、韓国という国ではなくて、日本という国の「朝鮮」という地方になったから。 日本が日本(韓国)におこなった真実 韓国が日本の朝鮮という地域になったのだから、次にやることは、日本の国土がどうなっているのかを調査すること。 いまの感覚ではわかりにくいかもしれないけれど、土地を買うという感覚は近代化が進んでいない国ではあまりなじんでいなかった。 多少国が決めたルールは守っても自分で開拓した土地は自分の土地なんだ。 だって木を切り倒したり、雑草を刈ったり、そういった労働をしてやっと住めるようにした土地には愛着もわくだろうし、他の人が使う権利なんてないと思うでしょ? でも、それは許されないんだ。 「朝鮮地方にある土地はすべて日本のもの!だからちゃんとした手続きをして前の韓国から土地を手に入れた人しか土地の所有をできないからね!」 というのが日本の主張。 そこで行われたのが、 土地調査事業(とちちょうさじぎょう)!! 1910~1918年に行われたよ。 これによって朝鮮農民の没落が進んだんだ。 一部のひとたちは仕事をもとめて日本にやってくる。 このようにして日本は多くの土地を没収していったわけだけど、その土地を引き継いで、韓国最大の寄生地主となった国策会社は 東洋拓殖会社(とうようたくしょくかいしゃ)!!! これは1908年にできたよ。 手に入れた土地を利用して、農業だとか灌漑だとか金融だとかをどんどん運営していったんだ!.

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韓国併合条約とは? わかりやすく解説!

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韓国併合条約とは? 韓国併合条約とは、 1910年(明治43年)に当時の大韓帝国が日本に併合されてしまう条約です。 正式名称は「韓国併合ニ関スル条約」です。 これによって長年朝鮮半島を支配してきた李氏朝鮮は滅亡することになりました。 朝鮮半島の影響力を手に入れた日本は早速韓国に 第一次日韓協約を無理やり結ばせます。 この協約によって、財政顧問に日本人を推薦して大韓帝国政府内への影響力を強めたり、暗殺された親ロシア派の閔妃がロシアにあげた関税権を取り戻したりするなど日本による保護国化を進めていきます。 大日本帝国は、アメリカ合衆国の植民地となっていたフィリピンに対して野心のないことを表明する。 極東の平和は、大日本帝国・アメリカ合衆国・イギリス連合王国の3国による事実上の同盟によって守られるべきである。 アメリカ合衆国は、大日本帝国の韓国における指導的地位を認める。 簡単にこの協定をまとめると 『日本は韓国を自分のものにしてもいいけどそのかわりフィリピンはアメリカのものね!』というものです。 ついに韓国はアメリカから見捨てられたのです。 その象徴が 第二次日韓協約でした。 この協約は韓国の外交権はほぼ日本がやっていくということが書かれており、実質韓国は日本の操り人形となります。 そして首都の漢城には 朝鮮統監府 ちょうせんとうかんふ が設置されることになりました。 (朝鮮総統監府庁舎 出典:) しかし、それに怒った 韓国の皇帝の高宗はハーグで行われていた第2回万国平和会議という会議に『日本ってこんな酷いことやっているんですよ』と書かれた手紙を持った密使を派遣します。 これを ハーグ密使事件といいます。 日韓併合条約の内容 (韓国併合条約に関する李完用への全権委任状 出典:) 日本は日韓併合条約によってようやく韓国を日本にします。 この条約によって 大韓帝国の皇帝であった純宗は皇帝をやめさせられ、長年朝鮮半島を支配してきた李氏朝鮮時代が終わりました。 日韓併合条約の内容は韓国の全権利を日本に譲るというものですが、そもそも韓国はとっくの昔に日本に内政権をあげているので 『こんなことしなくてももうとっくの昔に韓国は日本のものなのでは?』と言われることもありました。 しかし、これによって朝鮮半島は日本の領土としてやっていくことになります。 この併合から韓国は朝鮮と呼ばれるようになりますが、これは関東地方や近畿地方みたいな感じです。 例えばこれまで朝鮮を担当してきた朝鮮統監府は併合した後に 朝鮮総督府(ちょうせんそうとくふ)と名前を変えます。 さらに首都の漢城も日本風に京城と改名します。 これまで朝鮮には土地を購入するという意識は全然なく、 『ここの土地を開拓したからこの土地は俺のね』みたいな日本でおける墾田永年私財法みたいな感じでした。 しかし、それではこれから日本がやっていきたい朝鮮の改革がうまくいきません。 そこで日本は土地を全て調査してその土地を総督府のものにします。 もちろんただ奪うだけではなく調査が終了したらその土地を安い値段で払い下げをしました。 しかし、この調査によって朝鮮の農民は苦しい生活になっていきます。 今の日本では文字が読めないなんてありえないぐらいほとんどの人が文字が読めますが、今の時代でもアフリカの貧しい国に行ったら文字が読める人があまりいません。 日本は『いろんな改革をするにはまず人々に文字を読ませなきゃ!』と思い教育を推し進めます。 この改革によって 朝鮮の識字率は6%から22%まで上がりました。 これによって李氏朝鮮時代には人間として扱われず、名前を持つことも許されていなかった 奴婢、白丁などの差別されていた人々にも名前を持つことを許して戸籍には身分を書かずに登録させました。 これによって身分解放された人々の子供たちは胸を張って学校に通えるようになり、みんな平等にふつうの生活を送ることができるようになりました。 しかし、この身分解放に反発する朝鮮における一番偉いグループである 両班という人たちはこの改革に反発して激しいデモを行ってきましたが、身分にかかわらず教育機会を与えるべきと考える日本政府によって即座に潰されました。 このような改革によって韓国は曲がりなりにも近代化の道を歩んでいくことになっていくのです。

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