サロ 110。 国鉄153系電車

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サロ 110

113系近郊形直流電車|サロ124形・サロ125形 サロ124形概説 老朽化が進んでいたサロ110・111形を置き換えるために1988~90(昭和63~平成2)年に29両が新製されたグリーン車で、乗客増による着席率向上を図るため、のサロ212・213形と同様に2階建構造のステンレス車体となった。 車掌室・業務用控室付、便所なしで、定員90名。 冷房装置は屋根上にAU713を2基搭載している。 台車は1~8は485系などで発生したTR69系を改造したTR69Iを使用しているが、9以降は211系と同様のボルスタレス式のTR235に変更された。 また、9~14・25~29は横須賀線・総武快速線に投入され、成田空港の海外渡航者向けに後位側に荷物置場を設置、座席定員が4名減少した。 これらは後に東海道線に転属し、荷物置場を廃止して座席を設置している。 また、側面帯は東海道線転出に伴って湘南色化されたが、当初より東海道線に投入された車両とは帯の太さなどが異なっている。 1990(平成2)年には、サロ124形を車掌室なし、便所付としたタイプのサロ125形5両が東海道線用に新製されている。 東海道線の113系置換に伴い、サロ124形は全車211系のグリーン車に改造されることになったが、新たに東北・高崎線にもグリーン車を連結することが決定したため、下記の内訳で改造された。 100番代車は東海道線用、1100番代車は東北・高崎線用である。 サロ213形への改造車は方転し、車掌室を撤去して便・洗面所を設置している。 なお、台車がTR69Iのものについては引続き種車の台車を使用、元横須賀・総武快速線用車の帯の相違点についてもそのままである。 改造は2005・06(平成17・18)年に行われ、"グリーン車Suicaシステム"対応工事も行われている。 この結果、サロ124形は2006(平成18)年に形式消滅した。

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ひみつ86: 東海道線 なつかし写真・2

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サロ110形1200番台に装備された簡易リクライニングシート 111・113系は、東海道本線東京口や横須賀線・総武快速線、京阪神地区など大都市近郊で使用されたことから(一等車)が製造されたことも特徴となっている。 使用線区の事情から設備の豪華さよりも定員が重視される傾向があり、をベースとする・用のグリーン車とも違った発展を遂げた。 111・113系用として新製された車両のほか、数多くの改造編入車を含めて特に国鉄末期に改造編入された車両にはユニークなものが多かった。 なお、京阪神地区はで運用消滅。 静岡運転所所属車はで国府津区に転属。 JR東日本のみに引き継がれた。 なお、上記のとおり定員重視のため、シートピッチ(座席間隔)は原則として970 mm、特急・急行グリーン車からの改造車は1,160 mmである。 サロ111形 0・1000番台 サロ111形0番台 111・113系オリジナルのグリーン車(一等車)で、 - に45両が製造された。 形態はに類似するが、車掌室がないため定員は4名多い64名である。 座席はサロ110形0・900・1000番台とほぼ同様のだが、座席背面は化粧板で処理されており、台車もコイル(金属)バネのTR62形を履いている。 新製時は非冷房であったが、 - に全車改造が実施された。 は分散形AU13E形を6基搭載している。 また1972年から横須賀線の東京地下駅への乗入れのため18両が難燃化改造を実施されて1000番台に改番された。 24両がJR東日本に承継されたが、のために全廃された。 0番台から1000番台への改番は以下の通り。 - に車体試作車の900番台(2両)を含めて63両全車が改造された。 シートピッチは970 mmで車掌室付きのため定員はサロ111形より1列分少ない60名、台車は空気バネのTR59形である。 東海道本線東京口と横須賀線のほかに京阪神地区でも使用された。 側面塗分線は当初153系時代のままであったが、のちに111系に合せている。 1972年から冷房改造が開始されたが、全車には及ばなかった。 1972年改造車3両(43・46・49)は、・用として20 kVA MGを搭載して自車のみの給電とした。 編成を組む普通車はこの時点では非冷房車のままである。 から冷房化が本格的に推進されたが、同年以降の改造車は冷房電源をモハ112形から給電する方式に変更された。 1972年改造車はにモハ112形から給電する方式に変更され、その際にMGは撤去された。 サロ111形と同様に同年から東京地下駅乗入れ対応のため0番台車7両に難燃化改造が実施されて1000番台に改番された。 このうちサロ110-1004・1005・1007は計画番号にとどまり、実際に改造工事は行われずに欠番となっている。 1980年にセミステンレス車の900番台車が京阪神地区のグリーン車廃止時に東京に転出せずに廃車になったのを皮切りに廃車が進み、16両がJR東日本に承継されたが、これも老朽化のために全廃された。 0番台から1000番台への改番は以下の通り。 種車のリクライニングシートをそのまま装備しており、定員は48名と少ない。 1回目(1967年 - 1968年)• 大垣電車区・下関運転所に配置されていた非冷房のサロ152-2 - 12・14・16・18・20の15両に吹田工場で改造施工。 に配置され京阪神地区で運用された。 後に3・14の2両のみが冷房改造された 2回目(1969年)• 大垣電車区に配置されていた冷房車サロ152-1・13・25・サロ163-7の4両に浜松工場での改造施工と併せて静岡運転所に転属。 東海道本線東京口運用に投入されたが、1971年以降は高槻電車区に転用。 3回目()• 下関運転所・田町電車区に配置されていた冷房車サロ152-21 - 24・26 - 29・101 - 104の12両にで施工。 24のみが京阪神地区用に高槻配置となったが、他の車両は大船電車区(現・)に配置され、東海道本線東京口・横須賀線で運用された。 下降窓という車体構造上、雨水が浸入しやすかったため車体の腐食が早く、までに全廃された。 サロ113形 - 1974年に横須賀線・総武快速線用に17両が新造されたもので、全車が地下対応の1000番台(1001 - 1017)とされ、新製時からAU13EN形冷房装置を6基搭載している。 急行用グリーン車に準じてリクライニングシート(サロ165形などで使用されたものと同タイプながらテーブル廃止・難燃化を図っている)を1,160 mm間隔で装備しているため、定員は48名と少ない。 計画では利用客を見込んでいたが、開港の遅れにより大船電車区配属車は横須賀線で、幕張電車区配属車は1000'番台冷房車と組んで1973年の房総夏季輸送(房総夏ダイヤ)期間に運転の臨時「」「」、および臨時「」の一部列車に使用された。 しかし幕張所属車は夏季輸送終了後は運転休止となり、1974年に横須賀線グリーン車の冷房化率向上のため大船電車区へ貸渡ののち転属している。 前述のとおり定員が少なく乗客の着席需要に応えられなかったため、には全車が京阪神地区(高槻電車区・宮原運転所)に転出し、老朽化していたサロ112形を置き換えた。 一部はで使用されたこともあるが、の京阪神地区快速のグリーン車廃止および横須賀・総武快速線の直通運転開始によって再び関東(幕張電車区)に戻った。 転入時に湘南色から横須賀色に塗り替えられたが、全車の塗り替えが間に合わなかったことから湘南色のままで横須賀・総武快速線で使用されたり、側面の緑帯が残っていたり、横須賀色でも「大ミハ」「大タツ」の標記になっているものもあった。 1987年の国鉄分割民営化に際しては全車がJR東日本に承継されたが、1998年末に全廃された。 サロ110形 1200番台 車内 - に88両が製造された。 定員が少なく不評であったサロ113形の反省から、シートは特急普通車並みのとし、定員を増加させて60名とされた。 形式は新製時点で111・113系用の形式がすべて埋まっていたため、車掌室付きで定員が同じサロ110形の番台区分とされた。 客室側窓はサロ113形同様二段上昇式のユニット窓を採用。 前位寄車端部は戸袋窓とした。 トイレの汚物処理装置については準備工事とし、後に追加で装備されたほか、サボ受けが追加された。 1218 - はトイレの窓を小型化する設計変更を実施。 製造の1220 - は、9月の車両塗装・標記規定変更により側面窓下グリーン帯を最初から省略し、在来車も工場入場時にグリーン帯を抹消した。 当初は横須賀線用として大船電車区に配置されたが、後に東海道線用として国府津電車区・田町電車区・幕張電車区にも配置。 最終増備車の1285 - 1288は静岡運転所に新製配置された。 全車JR東日本に承継されたが、東海道本線での運用終了に伴い2006年までに全車廃車となった。 サロ110形 特急形改造車 国鉄末期の設備投資が抑制されていた折、老朽化したサロ110(0・1000番台)・111形の置換え用に新幹線開業や編成短縮によって余剰となった特急形グリーン車が転用された。 これらは客用扉を増設し、非常時の換気のため片側2箇所ずつの窓上部を中折れ式に開閉可能にした程度で、車体はそのまま利用された。 そのため車体断面形状が他車と全く異なっており、編成中で非常に目立っていた。 改造種車も・、と多岐にわたり、定員や便所の有無など仕様もまちまちであったが、後述の急行形改造車とともにサロ110形(300・350・1300・1350番台)に編入された。 また、定員や便所など設備上の問題から、これらからの改造車は必ずサロ110形1200番台などの定員の多い車両とペアで編成が組まれていた。 ただし、登場後しばらくの間、特急形からの改造車2両で組み込まれたことがあり、屋根高さが3段になっていることもあった。 定員が少ないため、利用者が増える通勤時間帯に着席できなくなることから、グリーン定期券利用者などからは不評であった。 東海道本線東京口と横須賀・総武快速線で使用されてきたが、後者は地下線仕様として1000番台が付番されている。 全車がJR東日本に承継されたが、横須賀・総武快速線の置換えで余剰となった2階建グリーン車の東海道本線への転用により、(平成10年)末までに全廃された。 301 (昭和58年)に登場したの改造車である。 定員52名。 種車の便所および洗面所部分に客用扉を増設したため、便所は設置されていない。 また車体構造の都合によりも設置されなかった。 オリジナルが181系であるため、他の特急形改造の車両と比べても一際低い車体が特徴的であったが、(平成2年)に廃車された。 落成当初は静岡運転所配置だったが、(11月)で国府津電車区に転属した。 302・303 1983年(昭和58年)に登場したの改造車であるが、種車が元々改造の1050番台車であったため、室内床面を含め車体全体が高く、形態的には後述の350・1350番台と変わらない。 冷房装置はキノコ形キセ(カバー)のAU12形である。 定員48名。 便所・洗面所付き。 落成当初は静岡運転所配置だったが、国鉄最後のダイヤ改正で国府津電車区に転属した。 に全廃された。 番号の新旧対照は次の通り。 定員48名。 350番台はトイレ付きだが、1350番台は改造時にトイレを閉鎖している。 種車の製造時期の違いから冷房装置に差異がある。 前述の302・303を含めてサロ481形およびサロ489形を出自とする車両の改造車は、元の出入台にあったステップを改造時に埋め込んでいる。 356・357・359・360は、サロ124形およびサロ125形と連結されるために方向転換され、引通し線の改造も実施。 351 - 358は静岡運転所に、359 - 362国府津電車区に配置されたが、351 - 358は国鉄時代の最後のダイヤ改正(昭和61年11月)で国府津電車区に転属した。 (平成9年)までに全廃された。 1350番台の一部は改造当初、例えば横須賀色にもかかわらず塗り分け位置が湘南色のそれであったりと個々の車両ごとで差が生じていたものがあり、営業運転までの間に急ぎ修正が行われている(後述「塗装」の項にあるとおり、横須賀色と湘南色では塗り分け位置が違う)。 番号の新旧対照は次の通り。 0番台からの改造車が304 - 、1000番台からの改造車が1301 - をそれぞれ名乗る。 定員48名。 種車の便所および洗面所部分に客用扉を増設したため、便所および行先表示器は設置されていない。 またサロ183形時代の準備室および車販コーナーが撤去されずに残っていたのがこのグループの最大の特徴である。 304 - 307. 1301 - 1304は国鉄時代に308 - 311. 1305は分割民営化後に改造された。 305・306・307は、サロ125形と連結されるために方向転換され、の改造も実施(方向転換された車両は4号車から5号車に移動し、そのままの状態で連結すると車掌室が6号車寄りになるため)。 このグループの1302が1998年12月に廃車され、ユニークな特急形改造グリーン車は消滅した。 番号の新旧対照は次の通り。 501 1983年にサハ165-7を改造したもので、塗分位置の変更(165系より橙色部分が天地に広い)と行先表示器の追加を除けば後述の401と同様外観は種車とほとんど変わらない。 1200番台と同等の簡易リクライニングシートを装備している。 座席と窓の間隔は合っていない。 サロ110形であるにもかかわらず車掌室はないが、定員をオリジナルのサロ110形と合せたため、その分シートピッチは1,010 mmに拡大されている。 定員60名。 トイレ・洗面所付き。 落成当初は静岡運転所配置だったが、国鉄時代の最後のダイヤ改正(昭和61年11月)で国府津電車区に転属した。 1990年に廃車された。 401 1985年に登場したサロ165-130の改造車である。 定員48名。 トイレ・洗面所付き。 塗分位置(改造当初は塗分がサロ165形時代のままであった。 ちなみに、サロ112形も当初は同様であった)の変更と行先表示器の追加、自車用の冷房電源用MGと回送運転台の撤去を除けば外観は種車とほとんど変わらない。 形態的には回送運転台用ライトの有無と2段式のユニット窓(165系時代に下降窓から改造)以外は前述のと変わらないが、すでに廃形式であったため、サロ110形に編入された。 1992年に廃車となった。 改造時から廃車まで国府津電車区所属。 サロ124形・サロ125形 サロ124形横須賀線導入車両(鎌倉駅) 後に登場したである。 老朽化が進み、取替時期に来ていたサロ110形およびサロ111形の置換えにあたり、乗客の着席需要が旺盛なことから同時期に登場したの2階建グリーン車サロ212形およびサロ213形と同じ車体を採用して座席定員の増加を図ったものである。 これにより定員はサロ110形1200番台の60名に対して90名と30名増となり、実に1. 5倍に増加している。 車掌室付きでトイレなしのサロ124形が1988年から1990年に29両、トイレ付きのサロ125形が1990年に5両製造された。 このため、サロ125形は登場時点でサロ124形と同じ向き(方向転換し本来の向きと逆の状態)で組み込むため、引通しを両渡りとして使用していた。 後述の211系への改造時に本来の向きに戻されサロ124形と組んでいる(逆にこの時は両数の多いサロ124形の一部が方向転換と引通しの改造を実施することになった)。 サロ212形などとの相違点は、連結相手が異なることからブレーキ装置など構造が異なる他、サロ124-1 - 8はなどからの発生品である系空気バネ台車を改造して使用していることが挙げられる。 なお、9以降は211系と同様の新造のボルスタレス台車のTR235形に変更されている。 サロ124形のうち横須賀・総武快速線に投入された9 - 14、25 - 29は東海道本線のサロ124形と異なり、成田空港利用者輸送に対応して後位出入台側の一列を荷物置場に変更しており、定員は4名少なかった。 また前述のとおり台車がこのグループから新造のものに変更された。 1994年から1999年の投入時に全車が東海道本線に転属し、荷物置場を撤去して4名分の座席を増設した。 また帯色が湘南色に変更されたが、東海道本線に新製投入されたサロ124形とカラーシートの貼り方が異なっているため、見分が付く。 サロ125形は全5両が東海道本線に投入された。 なお、グリーン車独自の車両番号採番となったため、後に全く関係なくでが製造されたが、JR西日本車はクモハ125形のみのため車番の重複が生じなかった。 211系への改造 以降は国府津車両センターに全車が在籍していたが、から同センター配置の113系がE231系に置換えられることになり、捻出された2階建グリーン車はサロ212・213形100・1100番台に改造された。 側面行先表示器をLED化して、に引き続き使用された。 1100番台車は100番台と同じ改造に加え、寒冷地対応改造を施して()・の口用に投入。 高崎車両センター所属の211系に組み込まれて使用された。 こちらも側面行先表示器がLED化されている。 車両需給の都合から、サロ124形のうち12両は、方向転換のうえ、車掌室をトイレ・洗面所に改造してサロ213形へと改造されている(100番台8両・1100番台4両)。 また、本来の向きとは逆向きで使用されていたサロ125形も方向転換して本来の向きに戻し、サロ213形(100番台4両・1100番台1両)となった。 その他のサロ124形17両は、サロ212形(100番台12両・1100番台5両)に改造されている。 また種車がサロ124-1 - 8のものは引き続きTR69系台車となり、サロ212形・サロ213形への改造後は両車ともTR69系台車を装備した車両同士で組合せて登場し、当初、総武快速・横須賀線に所属していた車両について、カラーシートは改造後も張り替えずそのままで登場した。 田町車両センターおよび高崎車両センター所属の211系のへの置き換えにより2012年から2014年にかけて廃車されている。 サロ110の特急形転用車及びサロ124・サロ125は20,500 mm。 サロ111以外のグリーン車は除く。 0番台(0'番台除く)はCS12D、1000番台はCS12F。 サロ124・サロ125は4,070 mm。 のみならず、JR東海エリア()への直通運転に当てられることもあった。 クハ111-3002は廃車前にイベントで塗装変更。 0ダッシュ番台というのは非公式であり正式に使われたことのない俗称である。 初期車にものちにシールドビームに交換された車両が存在するが、それらとは内側隣のとの位置関係が若干異なっている。 初期車は前照灯に対してタイフォンが斜め下に位置しているのに対し、0'番台では両者が同じ高さとなっている。 クハ111-1311は、一時期広島・下関地区に転属して111系と組んで使用されたこともあったが、JR化前に関東に戻り、その後は房総地区ローカル運用で使用された。 京阪神地区で中間に入っていたクハ111は、1980年の京阪神地区のグリーン車廃止の際にサロをクハに置き換えたものであった。 改造直前の1983年に大垣電車区から高槻電車区に転属した車両。 JR東海の東海道本線全区間を走破する米原発熱海行という列車も、1999年12月ダイヤ改正まで存在した。 身延線内トンネルに対応するにはパンタグラフをPS23・24に交換するだけでは規定の絶縁離隔に40 mm足りず、パンタグラフ台を20 mm背の低いものへの交換、更には当該部分の屋根自体を平にして20 mm低下させて合計40 mm下げる必要がある。 側面行先表示機を後付していた初期車は当該箇所の上段窓も既に固定しており、この部分については外観上二段窓のままであるが、全く開けることができない状態となった。 ただし冷房付電源車には編成内全車への給電が可能な冷房電源が備わっていなかったため「編成単位で非冷房」と同様の扱いとされた。 かつて同様の車両が網干区にも存在した。 てこ比は変わらず。 クモハ112-3804には改造時に冷房電源用のSIVが新設。 115系では2001年改造のですでに採用。 ただし、ヘッドライトの意匠が異なる。 ただし223系と違い、補助席は設置されていない。 0番台の非冷房車は1980年までに廃車になっている。 また、900番台・1000番台は全車冷房改造されている。 そのままの状態で連結するとトイレと車掌室が6号車寄りになるため方向転換された車両は4号車から5号車に移動。 ATS-P非装備車がP導入済み線区に残置してあるS N地上子を用いて走行する営業運転は、2011年7月1日のの改正(禁止)以前であれば法的には問題がない。 和歌山線での運用は2002年3月23日ダイヤ改正で終了。 ATS-P保安装置の必要性から阪和快速色のクハが、体質改善工事施工の観点から広島支所のMM'ユニットが使用され、両者が編成を組んだ。 宮原所に223系を新製配置して福知山線における網干所221系の運用の一部を置き換えた。 余剰となった網干所221系を京都所に転属させ、運用を置き換えられた同所の113系が広島所に転入してきた。 内訳は関西更新色:1編成4両、広島更新色:8編成32両、湘南色:5編成20両、瀬戸内色:3編成12両。 転用に当たり6両編成は4両編成に短縮されたため、余剰MM'ユニットが発生した。 先頭車2両は宮原所のMM'ユニットを組み込みP編成に編入。 当初は軌条面上、1,750 mmと3,165 mmで塗り分けられていたが、軌条面上、1,900 mmと3,045 mmに変更された。 ただ、以降にから撤退した車両、2006年秋以降に()・からへの置換えがそれぞれ行われたため、初期車は入替に廃車された。 また定期列車として - 間で内房・外房線方面への 2331M が新聞の発行される・に運転されていたが、廃止となった。 なお、夕刊の発行されない・・は運休し、このような場合は - 千葉間の回送列車(:回8269M)として運転され分割されていた。 なお、いずれにしても千葉駅は外房線ホームに到着し、内房線用車両は切り離された後すぐに回送列車となり、一度付近のに回送後、改めて内房線ホームに入線していた。 (のちにへ移管)、)などの例がある。 クハ111-86・407が該当。 転配前は紀勢本線紀伊田辺~新宮で使用されていた。 当初は折りたたみ式の大型のものであったが、1978年10月以降は着脱が簡単な小形のものに変更された(阪和線新快速も廃止直前に小型に変更)。 2011年10月15日. 2017年7月22日閲覧。 26-27・50-51・64-65・69・72-73・82・86-87・92-93・96・106-107・114-115・137・167 各諸元表• 154• 福原俊一『111・113系物語』2頁。 福原俊一『111・113系物語』34頁。 福原俊一『111・113系物語』35頁。 福原俊一『111・113系物語』166頁。 jp 鉄道ニュース 2019年8月7日• 福原俊一『111・113系物語』43頁。 福原俊一『111・113系物語』31頁。 福原俊一「111・113系電車 車両のあゆみ」、『』476号(1987年3月号)、電気車研究会 p. 福原俊一『111・113系物語』48頁。 ロングシート側は背もたれの最後部まで含めて計測した数値。 ボックスシートが並ぶ車両と同様に背もたれ中央の部分までで計測した数値の場合、それぞれ1,400 mm・1,470 mmに相当する。 - 『』 railf. jp 鉄道ニュース 2011年8月31日• 福原俊一『111・113系物語』116頁。 358• 『鉄道ピクトリアル』、電気車研究会、2008年5月。 - 『鉄道ファン』交友社 railf. jp 鉄道ニュース 2010年6月26日• - 『鉄道ファン』交友社 railf. jp 鉄道ニュース 2010年7月14日• 170-171頁。 - WEB両丹 2008年8月12日()• 随時アップ:消えた車輌写真館(鉄道ホビダス)、2012年4月4日。 鉄道ニュース(railf. jp)、2008年8月23日。 - 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() 2010年1月8日(インターネットアーカイブ)• - ネコ・パブリッシング 『鉄道ホビダス』 RMニュース 2013年2月14日• - ネコ・パブリッシング 『鉄道ホビダス』 RMニュース 2017年4月6日• 『鉄道ピクトリアル』803号、36頁。 - ネコ・パブリッシング 『鉄道ホビダス』 RMニュース 2017年11月14日• - ネコ・パブリッシング 『鉄道ホビダス』 RMニュース 2012年7月3日• - 『鉄道ホビダス』 RMニュース 2012年8月28日• - JR西日本和歌山支社ニュースリリース 2019年12月13日• 『』2012年7月号「国鉄車両の現在 3. 115系」p. 『とれいん』454号 P.

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113系(湘南色)

サロ 110

JR東日本 東海道本線113系・サロ110[1200番台] 小窓がズラッと並んだ姿、そして四葉のマークは113系の、そして東海道線の華でもありました。 113系のグリーン車として1976年に登場したサロ110の1200番台。 可能な限り着席定員を多くし、60人分の座席を確保。 まさに「通勤事情に考慮したグリーン車」と言っても過言ではないと思います。 その一方でドア幅は70cmのままで、グリーン車ならではのワクワク感は忘れてはいません。 屋上機器には分散クーラーがあり、当初から冷房がついていたのも特徴。 1976年の段階では普通車にはまだ冷房がついていない車両も残っており、グリーン車だからこその必須アイテムの一つだったのでしょう。 手前の普通車は国鉄時代から薄緑の化粧板を多用していました。 それに対してグリーン車は化粧板などに淡い桜色の化粧板を用いています。 だからこそ付加価値がつくわけで、どうも最近登場したJR東日本の特急形グリーン車は…(以下自主規制 いよいよ車内に入っていきます。 全景の画像をドドンとどうぞ。 左の画像は熱海よりの車端部に向けて撮った画像で、右の画像は東京よりの車端部に向けて撮った画像になります。 2ドアでデッキつき、簡易リクライニングシートがずらーっと並びます。 意外にも広い空間、そして蘇芳色の座席が桜色の化粧板にあいまって実に落ち着いたムードを作り上げています。 デッキとの仕切りになります。 画像は熱海よりのデッキとの仕切りで、この先には乗務員室、出入り扉、化粧室がずらっと並んでいます。 銀色の扉ながら擦りガラスになっているのが大きな特徴になり、空間を格別なものにするマジックの一つかなぁと思います。 ドアには通風孔がついていますが、これは熱海より仕切りの扉のみについているもので、この先の通路が換気不十分にならないように工夫されています。 よって東京より仕切りの扉にはついていません。 また、東京より仕切りの扉にはドアノブの下にバー状の鍵や鍵穴がついています。 これらがある理由の一つとして、朝ラッシュ時の上り列車や夕ラッシュ時の下り列車でグリーン車と普通車の間の行き来をできないようにするため、といったものもあります。 つまり、バー状の鍵をかちゃっとかけるとそれで締め切り、普通車から車内を介しての「乗り移り」を防いでしまうわけです。 画像でご紹介できない(=未取材)なのが悔しいのですが、すごく簡単な装置です。 便所使用知らせ灯もありますが、一部の車両では電球に代わってLEDを用いたものが使用されているそうです。 雑然としているような感じがしますが、実は結構上下左右の間隔を考えて取り付けられているんですね。 なかなか整然としています。 そして温度計もスタンバイ。 デジタル式に交換されていますが、国鉄時代はアナログだったのではないかと思われます。 室温は22. グリーン車なのでシンプルに蛍光灯と冷房機器が目立つぐらいで、シンプルな雰囲気を作り上げています。 蛍光灯はカバーがかかっていますが、端から端までカバーしているわけではなく、所々途切れています。 冷房機器は車内には全部で6台あります。 東芝製で、あの筆記体のカッコイイロゴがカバーにしっかり貼られています。 ちょうど一番手前の吹き出し口が無い面の左側、カバーの止め具の脇にあります。 あ、もう一つでっかく目立つものがありました。 首都圏の路線図です。 しかしながらなぜこの位置にこんなに大きい物を貼るのでしょうか・・・。 そして、個人的にはこのような空間では目障りになるだけなので不要だと思うのですが、それは首都圏に慣れ親しんでいるからでしょうか・・・。 200系などの新幹線の停車駅案内のように、少しサイズを小さくした上でデッキに貼ればいいのに・・・。 そして床です。 何も飾らない灰色一点張り。 近郊形も急行形もまだ床の装飾に対する意識が低かった時代であり、選択の余地が無かったのでしょう。 でもこの灰色がまたいい味を出しているんです。 さて、ここいらで一旦客席スペースをでて、熱海よりのデッキの模様を見ていくことにしましょう。 ということでデッキを見ています。 まさに仕切り扉から撮影したもので、この画像の手前には客室がある格好です。 手前から中央の通路を挟んで左右両側に乗務員室、仕切り扉、出入り口、再び中央の通路を挟んで左側のトイレと右側の洗面所、そして貫通路といった段取りになっています。 奥のからし色の扉は既にサロ124になります。 この中央のちょっと薄暗い通路を通って客室へ・・・そんなアプローチが楽しめるのもグリーン車ならでは。 本来であればここでグリーン券不所持の人を普通車に誘導できるのですが・・・ 乗務員室の扉の脇に貼られていた「乗客専務車掌」のプレート受けには何も無く・・・。 乗務員室に通じる扉と合わせてどうぞ。 ドアそのものは縦長の窓ガラスで、なかなか洒落ていると思いますよ。 ここも狭いスペースの割には擦りガラスですし。 ここの擦りガラス、好意的に解釈するとグリーン車の乗客の方々に乗務の事を気にせずに利用して頂きたいといった感じでしょうか。 右が客室、左が貫通路といった具合です。 まずスペースの狭さが蛍光灯の配置から伺えると思います。 そして、出入り扉は幅70cmの片開き。 鴨居部分は113系普通車と同じくらいのサイズながら浮いているような感じはせず、扉、天井との見事な一体感を生み出しています。 そしてデッキも最終ゾーン、洗面所の様子です。 上半分はアイボリーそして下半分は紺色のツートンで塗られた洗面所内、白い陶器の洗面台が映えています。 少々直線的な洗面台で、操作方法も急行形電車のそれと同じです。 剥き出しの蛍光灯が泣かせます・・・客室内はカバーつきだからこそ、このような乗客が使うところにも取り付けて欲しかったなぁ。 それにしてもこのご時世で石鹸・・・公共の場では久々に見ました。 ちなみにデッキ側の壁にも鏡が取り付けられていました。 現在も一部の車両には設置されていますが、取材車両に関してはその跡だけが淡々と残っています・・・。 さて、客室に戻って窓です。 構造そのものは普通車と同一で、上半分は全開か全閉の2つが選択でき、下半分は開閉面積を何段階か調節できるようになっています。 また、ロールカーテンも備わっています。 そして、この窓周りにも様々な特徴が・・・。 まずは座席番号プレートに帽子掛け。 プレートはわざわざ窓枠から一寸下のポジションに板をくっつけて、見やすく、そして車内をできるだけシンプルなつくりにしていこうと心掛けています。 プレートの止め方も中央にビスを打ち込むという、普通車とはちょっと異なる形を採用しています。 そして帽子掛け。 大きな特徴は下の方の出っ張りが左右分かれている事です。 つまり、窓側の人も通路側の人も1つずつ掛ける所が確保されているわけで、特に夏場や冬場は帽子掛けの場所取り合戦にならなくて済むわけです。 このゆとりこそが、グリーン車。 ただ、ゆとりを味わいすぎて掛けていた上着から重たい財布がポロッと逃げていかないように、しっかり貴重品の管理は各自研究工夫の上、怠らないようお願いします。 余計なお節介失礼しました。 そして窓枠をツツツーっと辿っていくと固定式のテーブルがあります。 大きさ、今回は小田原名物こゆるぎ茶めしでご紹介しますが、ちょうど茶めし1個分の大きさです。 また、このテーブルの下には灰皿もありましたが、現在は全席禁煙、灰皿の跡しか残っていません・・・。 それにしても、このようなテーブルが通路側にはありません。 帽子掛けとは反対に、テーブルは奪い合いの様相を呈する可能性もあるわけで…後継の211系からはシートの背面に折りたたみのテーブルがついたのでこのような事態は避けられています。 が、今度は座席を向かい合わせにするとテーブルが使えなくなるという問題が・・・。 うーん、悩ましい問題です。 さて、客室のうち東京よりの端の席は戸袋窓が該当します。 そのため、帽子掛けの位置が他とは若干違い荷棚の横にきていたり、窓が開かなかったりします。 眺望には不自由しませんが、ドアの開け閉めの時がちょっと煩いかなぁ、と思います。 その分の恩恵でしょうか、目の前に仕切り壁がきてしまうであろう4隅の座席ポジションのために横長のテーブルが置かれています。 ちょっと元画像が酷かったもので回転させました。 ご了承下さい。 元は簡易リクライニングシートだったのですが、現在はこのようにストッパーが設置されています。 183系の普通車と同じ座席でリクライニング角度も「する」か「しない」かしか選べないのですが、リクライニングをさせると座面が前の方にズズズっとでてくるようになっています。 モケットは蘇芳色の一色。 この蘇芳色がグリーン車ならではの高級感、落ち着きをさらに提供してくれています。 座り心地は残念ながら座面にあまり元気が無く、ヘタリが率直に感じられるものでした。 背もたれはややしっかりしていたんだけどなー。 着座位置が少し低いように感じたのも気になります。 背面、そしてヘッドレストです。 まず背面には大きな網袋があります。 へたっているものも目立っていましたが、大半は左の画像のようにしっかりした状態を保っていました。 整備されている証です。 そしてヘッドレストにかかったカバーは紙製。 うん、このあたりはJRになってから徹底的にコスト重視になったなぁ〜と思わせる部分になりますね。 紙製の方が布よりも清潔に見えるという意見もあるかもしれませんが、布の方がしっくり、落ち着いて座れるし、簡単にリユースできるのになぁと自分は思います。 もしこれでもか!と紙を使い続けるのであれば、使い捨てなわけですからリサイクル素材を使ったり、捨てた紙をリサイクルするようなシステムが必要ですね。 今、もう既に整っているかもしれませんが・・・。 最後にこの座席で個人的に気に入っている部分がここ。 リクライニングレバーです。 丸みを帯びた手掛けの掴み心地は実にいいです。 そして、肘掛の先にあるレバーを押すのではなく引くことによって、より着席状態で力をいれずにリクライニング操作が可能になると思うのですが…押しボタン形式が普及したということは、多くの方は使い勝手が悪かったと感じたのかなぁ。 [PR].

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